‡龍が如く‡

□傷痕
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名無しさんの働く店は渡瀬組御用達の料亭だった。

時々ハメを外しすぎるのはヤクザ云々関係ないからと、他の従業員が敬遠するその部屋の給仕も名無しさんは嫌な顔ひとつせずこなしていた。


「ごゆっくりどうぞー」

ラストオーダーの酒を届け、宴会場を出てふう、とひと息。


「名無しさん」

「あ、渡瀬さんいつもありがとうございます」

声をかけてきたのは渡瀬組組長の渡瀬勝だった。


「今日はもう上がりか」

「はい、最後までお世話できずすみません」

「いや、ちょうどええわ」

「え?」

申し訳なさそうに答える名無しさんを渡瀬は真っすぐに見つめた。


「回りくどい話は面倒やから単刀直入に言うが…ワシの女にならんか、名無しさん」

単刀直入に言われたことより想像もしていなかったその内容に名無しさんの思考が一瞬止まり、答えの分かりきった質問をしてしまう。

「えーっとそれは…お付き合いするとか彼氏とか彼女とか…そういう意味、ですよね…?」


「そうや、それ以外にないやろ?」

当然のように即答され、名無しさんは言いにくそうに告げた。

「あー…、ごめんなさい私、好きな人がいるんです…」


それに対しそうか、と渡瀬が答えたので話はそれで終わりだと思っていた。

「だったら繋ぎでええわ、それなら構わんやろ?」

頭を下げその場を去ろうとする名無しさんだったが、耳を疑うような渡瀬の言葉に足が止まる。


「え、でもそれじゃ渡瀬さんが…」

渡瀬のその申し出に応えられないほど子供ではないという自負はある。

しかし渡瀬の気持ちを知ってしまっている以上、そう簡単にYESとは言えない。


そんな名無しさんの戸惑いを一蹴するように渡瀬は言った。

「ワシがいい言うてんのや、ジブンは何も考えんでええ」





***





連れて来られたのは、大阪の繁華街を一望できるようなホテルの一室だった。


促され戸惑いながらもその部屋に踏み込む名無しさんだったが、

「シャワー、浴びてきてもいいですか?」

窓の外の夜景にも目を向けることなくそう言って渡瀬から離れた。


しかしその足は途中で止まり、渡瀬さん、と名無しさんは振り向かずに小さく呼んだ。


「見てほしいものが…あるんです」

名無しさんはそう言うと着ていたワンピースのファスナーを少しだけおろし、肩からそれを落とした。


露わになった背中を見て、渡瀬はその目を見開き言葉を失う。

そこにあったのは、目を覆いたくなるような大きな傷痕だった。


「事故、だったんです。消す努力もしたんですけど、だめで。…、」

気持ち悪いですよね、という言葉は続かなかった。

「女の体にこないな傷、ツラかったやろ…」

ソファに腰掛けたはずの渡瀬がいつの間にか後ろにいて、名無しさんの体を抱きしめたからだった。


「気持ち悪く、ないんですか…」

「なんでや、そんなワケないやろ。…嫌な言い方かもしれんがこういうんは見慣れとるし、それに…」

渡瀬は言いながら腕をほどくと、服を直しながら振り返った名無しさんの目の前で自らの服を脱ぎ捨てた。


露わになる、胸から二の腕にかけて描かれた刺青。

正面からは見えないが、背中にもあるのは明白だった。


「言うてみればこれも一生消えん傷痕、それも自ら望んで付けたモンや。…気持ち悪いと思うか?」

名無しさんは訊かれ、強く首を振った。


「ほんならとりあえず話は終いや」

渡瀬はあっさりとそう言うと名無しさんを抱き寄せた。

「そんな、それとこれとは話が…っ、」

「同じや。お互い背中に背負っとるモン気にせんのやから、何の問題もないやろ?」


渡瀬の言葉にでも、と小さく呟きわずかに抵抗を見せる名無しさんだったが、渡瀬が腕を緩めるつもりがないことを悟り観念して体の力を抜いた。


「…でしたらあの、シャワーを…」

そしてそれに気付きようやく力を緩めた渡瀬の胸を軽く押し、この部屋に入った当初の目的を口にするが、

「こないイイ体見せつけといて、今さらお預けはナシやで…」

そう言った渡瀬の唇が、名無しさんのそれに重ねられた。





***





渡瀬はバックからも激しく突き入れた。

性器の擦れる湿り気を帯びた音と、肌と肌がぶつかる音が響く。


勃つモンも勃たんわ、という過去の男の心無い言葉を思い出し、初めは背を向けることすらを名無しさんはためらった。

しかし大丈夫やという渡瀬の言葉にそれを受け入れ、徐々に切ない声を上げ始めていた。


「や…っ、あ、渡瀬、さん…っ!」

その時、名無しさんの奥が渡瀬を強く締めつけた。

それに抗うように渡瀬は抽挿を繰り返し、名無しさんの耳もとで囁く。

「イきや、名無しさん…」


「っあ、ああ…っ、や、ああぁ…ッ!!」

名無しさんの中が更に強く収縮し、その背がびくんと大きく震えた。


渡瀬に見つめられ強く愛されて、事故に遭ってからこの時初めて名無しさんは、自らの傷のことを忘れることができたのだった。





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