Novel T

□まだ好きじゃない
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 一ノ瀬は、オレのツレの中では一番かっこいい。
 背だって高いし、顔だって相当いい。なのに気取ってなくて、オレたちの中で一番に場を盛り上げてくれるのも一ノ瀬で、ちょっと天然の入ったオトボケ野郎だけど、それがまたいい味を出す。
 だから日野さんが見てるのは一ノ瀬だってわかったときも、しゃあねぇかなって思った。
 そりゃあ気づくわ。日野さんの視線はいつもオレのすぐそばで止まる。そしてオレのそばには大抵この男前がいるんやから。
 いつもこっち見てる女子がいるって思ってたねん。たまに目が合ったりする。
 ちょこっと合うだけ。日野さんの視線の通り道に、ただオレの顔があったというだけ。彼女の視線はいつもオレから少しズレたところで止まった。

 ちょっとええなぁって思ったんだよな。自分を可愛く見せようと小細工なんてしなくても可愛い子っているねんなー。
 化粧なんかしてないし、爪もキラキラさせてない。タイは規定より少しだけ細いのを形よく結んでいたけど、制服のスカートも短くはない。時々変える髪型のセンスは悪くないと思うけど、基本が今どきドストレートの黒髪に天使のわっかやで。
 ほぼ規定通りのイモスタイルを「清楚」とか「可憐」とかの表現に置き換えることができる女子って、目立たないけど実は高くねぇ?

 見た目がいかにも可憐なもんだから、てっきり大人しい子なんやとオレはずっと思ってたけど、どうやら違ったらしい。
 こないだ職員室でうちの顧問のおっさんと、ステージ借りるの貸せないのと攻防を繰り広げているのを見てしまった。
「だから今日は顧問の先生がいらっしゃらないので、フロア責任者の先生にお願いしに来たんですと、先ほどもお話しました。」
「そやけど他の文化部も発表近いのは同じやろ。他はステージ貸せとは言うてきとらん。」
「他は今のところ借りる必要性がないからでしょう。うちはできるだけステージの広さを覚えながら練習したいと言ってるんです。」
 要するにおっさん面倒くさいわけだな。えぇ加減付き合いが長くなってきたので何となくわかる。
 忙しい時期に煩わしいことを負いたくないのか、のらりくらりとかわしている。
「どない使うんか知らんけど、わし、他の部の面倒まで見れんぞ。」
「別に自分たちで動かせますから大丈夫です。きちんと後始末をして鍵は私が先生までお返ししに来ればいいんですよね?」
「…うー…まあ。」「うちは女子ばかりですし、無意味に暴れるアホな部員もおりませんので、使用の状況には全然問題起きないと思いますが。」
 うわ。耳いてぇ。うちには無意味に暴れるアホな男しかおらん。
 おっさんをしぶとく追い込む弁は鮮やか。口調はあくまで爽やかで礼をはずさないのに、オレの脳内では「誰がてめぇに面倒見てくれって言ったのかしら。」に変換されてしまったのは何故だろう。

 そうしてついに日野さんは、吊りもの操作のキーとやらをもぎ取っていった。
「ではお借りします。時間までには、きっちり片付けて、きっちりお返し致しますので。」
と言いながら立ち去る彼女は、戦闘用の極上の笑顔に冷凍光線までも内蔵していた。怖っ。
 フーッと溜め息をついた顧問のおっさんが、見物人と化してぼへっと日野さんを見送っていたオレに今さら気付いたかのように
「お。部室の鍵やな。」
と言ったので我に返った。部室の鍵を受け取ると、オレもすぐ職員室の出口に向かったが、ちょうど日野さんが満面の笑みで「失礼しました」と礼をして退室するところが見えた。
 そのときまでオレは、見かけによらん日野さんのことを、これはちょい苦手かもなと引き気味に見てたりしてたんやけど。
 扉を閉める寸前に営業スマイルを一瞬で消した日野さんが、黒目がちの大きな目をキランと見ひらいた。
 彼女は声には出さなかった。だが、あろうことか日野さんの口はハッキリとこう動いた。

「ハゲっ」

 …ぶっ。
 思わず吹いた。直線や。直線でキタ。
 おっさんが急激に広がってきたでこっぱちを気にしていることを、生徒はみんな知っている。
 そしてそのままスルスルと何食わぬ顔で上品に扉を閉める日野さんの姿がもう……。やべぇ。思いっきし入った。ツボ直撃や。誰か助けてくれ。
 笑うまいと懸命に息を止めたが、堪えきれずに鼻からくぐもった音が洩れる。近くにいた先生から「何や?」と不審の目を向けられたが「何もないですー」と言いながら、オレも急いで退室したのだった。
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