雲一小説

□バレンタインデー
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校内ではそのことに関する話題は口に出さないのが、いつの間にか暗黙の了解となっていた。
正直、俺としてはありがたかった。そうじゃなくても朝、雲水さんに挨拶するときもきょどってしまったし、まともに目も合わせられなかった。
もし、雲水さんの口からそんな話題を振ってきてモーションでもかけられたら・・・・・返事する前に、滝壺へ行ってきます。
願わくば、このまま今日一日が過ぎてしまいますように。

その希望も部室に入るなり、崩れました。
「はい。一休ちゃん」
 満面の笑顔のサンゾーさんに、オレンジ色の包み紙を渡された。
 固まっている俺の手にバレンタインプレゼントを押し付けると、サンゾーさんは他のメンバーのところで小走りして行った。どうやらメンバー全員に渡し回っているようだった。
 メンバーの反応はそれぞれだった。今年の収穫は0という現実だけでも逃れようと受け取る者。情けは無用、余計むなしくなると断る者。(そして、その分のチョコはハッカイさんのもとへ)
俺はもらうことにしておいた。・・・チョコ、嫌いじゃないし・・・。
「はい、雲水クン!!」
 今までとははるかに違う、高い声になったサンゾーさんの声が嫌でも耳に入ってしまった。その内容のせいでもあるかもしれないっすが。反射的にそっちのほうを見てしまった。
 サンゾーさんは、明らかにこれだけは特別と、赤いリボン付きの包みを両手で雲水さんに差し上げていたことろだった。
「ああ、ありがとう」
 包みに手を伸ばした雲水さんの顔が、少し緩んだように見えた。
 俺の心が奈落へ頭から落ちていった。

 雲水さん!!誤解しないでください!!俺、チョコをあげることは出来なかったすけど、雲水さんを思う気持ちなら絶対、絶っ対サンゾーさんより上っすから!!大好きっすから!!! そうだ。たとえチョコという形にしなくても、雲水さんへの気持ちが小さいというわけではないんだ!雲水さんへの気持ちは俺が一番っすから!!!
 我ながら情けない言い訳だな・・・。肩を落とすどころか頭まで落ちそうだ。

 「一休・・・」
 練習の終わった部室で、そっと肩をつかまれた。
 雲水さんが顔を近づけて囁いてくれた。
「夜、部屋に来てくれ」
 耳にかかる息がくすぐったくって。それだけで体が熱くなってしまいそうだった。
 雲水さんが離れて行ってから、その熱も冷めた。そしてそのまま冷めすぎて血の気が引いた。
 いつもなら、鬼嬉しい言葉なのに。今日という日にはその言葉が底なし沼への誘いに聞こえた。あるいはフェロモンで獲物を引き寄せる奴の誘い。・・・え? 俺、虫?
 もしかして、俺が日中にチョコを渡すタイミングを逃してしまっているから、渡しやすいようにと機会を作ってくれたのかな?
 すごく親切だけど・・・・・渡すもの、無いっすから。
 あー・・・。やっぱり雲水さんもチョコ欲しかったのかなー?期待してたのかなー?
 俺、鬼最悪じゃん。
 もう今からだと、チョコを買ってきても、戻ってくるときには門限は過ぎていて、下手すれば寮に戻れない。
 部屋に手ぶらで行って、あげるものは無いといったら、雲水さんショックかな? ショックだよなー。
 やばい、俺、罪悪感につぶされそう。
 期待を裏切ってしまったときの、雲水さんの顔は絶対見たくない。
 ・・・・・・・・・・・・・・。
 こうなったら、やっぱりこの身をあげるしかないか!
 もともと、雲水さんとはそういう覚悟全部受け入れて付き合っているんだ!幼稚園児のままごと恋愛じゃない!俺の雲水さんへの気持ちは真剣そのもの!!もー、日にちがどうとか言っている場合じゃない!雲水さんの期待を裏切って傷つけるくらいなら、一線超えてやろうやないけー!!!
 何処の言葉だよ!?
 
 じゃあ、このまま雲水さんの部屋に行ったら・・・俺・・・・雲水さんと。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・。
 手で顔を仰いだ。今、絶対頭から湯気出てる。
 大丈夫。雲水さんなら、優しくしてくれるに決まってる。
って、何の心配しているんだよ!! もー!!
 とにかく!
 こうなったら、決心がぐらつく前に雲水さんの部屋に行ってしまおう!!
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