雲一小説

□犬、再び
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 「一休、麦茶でよかったか?」
 一休の興奮が収まったので、雲水は彼をリビングに招いた。
「あ、ありがとうございます」
 雲水の持ってきたグラスを受け取ると、さっそく飲み始めた。喉が渇いていたのか、勢いのまま、一休はグラスを傾けた。まだぜんぜん解けていない氷がカランと鼻に当たるまでグラスを空にした。
 飲み終わった後は、すっきりしたように息を吐いた。
「喉が渇いていたのか?」
「あはは。無駄に走り回って、叫んでましたから」
 笑顔で言われたことが、また雲水の心を刺した。
「・・・ついで来るよ」
 手を差し出した。
「すいません」
 一休はその手にグラスを戻した。
 
 一休はソファーに座ったまま、宗純の相手をしていた。
 台所で再びグラスに麦茶を注いだあとも雲水の気持ちは沈んだままだった。
 一休が来てくれたことは嬉しいことに変わりはなかったのだが、その前に、一休は血眼になって愛犬を探し回っていたのだと思うと、そのときに私欲のことしか目に入らなかった自分が恥ずかしくて、情けなかった。
「雲水さん・・・」
 振り向くと一休が傍に立っていた。
「どうした? 座ってろ。今持っていくから」
 雲水はグラスを手にした。
 一回り小さな手がその上に重なり、グラスを元の位置に置かせた。
「雲水さんこそ、どうしたんすか?」
 一休はまっすぐ雲水を覗き込んできた。その瞳には自分のことを気遣う気持ちがあふれすぎていた。
「宗純が、何かした?」
「いや・・・」
「・・・俺、来ちゃ迷惑でした?」
「それはない!」
「・・・じゃあ、何でそんな顔してんすか?」
 一休はたまにそういうとことに鋭い。
 雲水は一休から目をそらし、グラスを見た。いつの間にかその表面は水滴で曇っていた。
「・・・自分に嫌悪を感じたんだ」
 一休のほうを向かずに言葉を出した。
「お前が必死で宗純を探して、心配で苦しんでいたっていうのに、俺はそんな気持ちを察しようとせず、お前が家に来て、久しぶりに会えるということに浮かれていた・・・そんな自分の無神経さに嫌気がさしたんだ」
 雲水は目を閉じた。
 懺悔したところで気分が晴れるわけではなかった。一休への申し訳なさにうなだれた。
「雲水さん」
 腕を摘まれるのを感じた。
「確かに、宗純がいなくなったときはびっくりしたし、心配した・・・でも、無事だったし、それどころかバカなくらい元気だし・・・・雲水さんにも会えたし・・・今日、初めて雲水さんから電話もらったし・・・雲水さんも俺に会えること喜んでくれてたって言うし・・・・本当なら嬉しいことだらけなのに・・・俺、今嬉しくない」
 一休の声が細くなっていくのに気付き、雲水は思わず一休を振り向いた。
「雲水さんがそんな顔してちゃ・・・俺、嬉しくなれない」
 一休の眉は下がり、唇には力が入っていて、自分を見上げているその瞳は今にも揺れそうだった。
「いっきゅ・・・」
「そんなことで自分を責めないでください」
 雲水の腕を掴んでいる一休の指が白くなった。
「一休・・・」
 雲水は考えるより先に腕が伸びた。そして、その肩を今度こそしっかり両腕で抱き寄せた。
「ごめんな・・・余計なことを考えてしまって」
 それでお前に苦い思いをさせてしまって。
 一休は雲水の腕の中でぷるぷると首を振った。そして背中に手を回した。
「やっと、いつもどおり抱きしめてくれた」
 雲水は少し驚いた。一休はそんな小さな自分の行動の変化も感じ取っていたのだった。
 かなわないな・・・。
 ふっと顔から力がぬけるのを感じた。
 一休が顔を上げた。そして、雲水と目が合うとへらっとあたたかく笑った。
「やっと、いつもどおり笑ってくれた」
 すぐにまた顔をうずめてしまったが、その一瞬の笑顔で雲水は充分だった。

 二人は言葉も交わさず、ただ互いの存在をかみ締めあった。

 宗純の嫉妬のタックルが来るまで。



後記。
脱走癖も飼い主似です。
知らずに抜け出して、女の子と仲良くなってなければいいんだけどねー・・・あ、犬の話ですよ(笑)
ちなみに、うちで飼っていた犬は、脱走しても一人では庭から出ない奴でした。
いい加減、二人の甘さに砂吐きそうだって?皆様の吐いたその砂山で二人はトンネル掘って中で手繋いでますよ。
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