雲一小説

□犬、再び
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 来てくれるにからには何かもてなさなければと思い、何かないかと台所へ向かった。暑いし、冷たいものの方がいいだろうと冷蔵庫を開けた。 
麦茶があった。これでいいかな?そう思って閉めようとしたら、宗純が立ち上がって中を覗いてきた。
「宗純、挟むぞ」
一度こちらを向いてはくれたが、すぐにまた中を覗き、鼻を動かしていた。
冷気が逃げてしまうと思い、雲水は宗純を抱えてドアを閉めた。宗純がじたじたともがき始めたので、下ろしてやると、閉まったにもかかわらず冷蔵庫に前足をかけて、雲水を見上げてきた。冷蔵庫が食べ物の入っているものということを知っているらしい。
腹が減っているのかと感じ、何かないかと宗純を抱え、もう一度開けた。食べ物がないわけではないが、犬に上げれるようなのもは見当たらなかった。一度閉めて――そのとき、宗純が寂しそうに雲水を見上げた――他の場所を開けるとハムがあった。これならいいかと、宗純を下ろして、一枚取り出してあげてやった。
宗純は、はぐはぐと嬉しそうにハムを口の中へ運んでいった。
食べ物だけではだめかと思い、深めの皿に水を入れてやってそばにおいてやった。
宗純はハムを飲み込んだ後、皿に鼻を突っ込んで飲み始めた。
そんな宗純を見ながら、一休は家ではこの愛犬とどのように暮らしているのかと想像した。きっと学校に居るときと同じく、笑顔で楽しそうにしているのだろう。
走った後のためか皿の水を全部飲んでくれたのはいいが、周りに水が飛び散ってしまった。タオルをしけばよかった。
雲水は清潔なタオルを探し、床を――その前に宗純の口の周りを――拭いてやった。
床はほどなく綺麗になった。
その時だった。
宗純が突然外のほうをまっすぐ向いて、動かなくなった。
「宗純?」
 不審に思い、声をかけた。
 宗純は雲水に答えず、リビングを通って廊下に出た。
「・・・おい」
 追いかけようとしたとき、玄関が開く音がし、宗純が吠え始めた。
「宗純!!」
 一休だ。
「この、バカ犬!!」
 キャン!!
 玄関から飛ばされたのか、宗純がひっくり返って滑って来た。
 ダメージは無かったのか、宗純は起き上がると再び嬉しそうに玄関に向かっていった。
 一瞬、両方にあっけにとられてしまったが、雲水も玄関に向かった。
 そこには靴も脱がずに愛犬を抱きしめ、毛皮に顔をうずめている一休が居た。宗純の首に巻きつけている腕の先には、丸められたリードと首輪が握られていた。
 尻尾を振り回し、宗純は嫌がってはいないようだが、もっと甘えたいのかちょっとじたじたしていた。 
 雲水から一休の顔は見えなかった。
 呼びかけようと口を開きかけたとき・・・
 ぐずっ・・・。
 雲水の口元の力がぬけた。
「バカ・・・この・・・・・良かったぁ・・・」
 主人のいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、宗純は尻尾の激しさは変わらずだったが、座っておとなしく一休に寄り添った。
「そう、じゅん・・・」
 雲水は胸が詰まった。
 一休から見れば、家族が一人行方不明になったのだ。まして、人間社会とはルールの違う生き物だ。見つからないかも、戻ってこないかも、事故に・・・と不安でいっぱいだったに違いない。
 それなのに、俺は・・・。
「雲水さん!」
 一休の呼びかけに雲水のほうがはっとした。
 一休は宗純から体を離し、いそいそと靴を脱いで、雲水の胸に飛びついてきた。
「本当にありがとうございます」
 泣いたあとがのこる顔を笑顔にして見上げてきた。
「いや、俺は何も・・・」
 正直、気が引けた。
「いいえ」
 そう言って、一休は雲水を力強く抱きしめた。
 雲水も手は添えたが、その自分より小さな肩をいつものように包み込むことは出来なかった。
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