雲一小説

□犬
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あうっ!!
膝の辺りに衝撃を感じた。さっきの柴犬が二人の脚に飛びついてきたのだ。
「宗純!」
一休が中腰になって、犬の顔を撫でながら、リードを拾った。
「もー!!」
犬はむくれている一休の気持ちを知ってか知らぬか、嬉しそうに尻尾を回していた。
「一休のうちの犬なのか?」
「あ、はい。…散歩していたら逃げられました」
恥ずかしそうに一休は頭をかいた。
「そうか」
よほど人懐こい犬なのだろう。先ほどから、どちらかが遊んでくれるのを待っているかのように、雲水と一休の間を行ったり来たりしていた。
「もー、宗純!」
そんな飼い犬のせわしない行動を恥じたのか、一休はリードを引いて雲水のほうへ行こうとしていた愛犬の行動を制した。犬はそんな一休の行動に怒りもせず、彼の足元によって、相変わらず尻尾を振りながら、遊んでくれるのかと期待しているかのように、一休を見上げていた。
「すいません。うるさい犬で」
一休の目線が足元で揺れた。
「いや、気にしなくていい。犬は好きなほうだ」
雲水はかがんで、犬を誘った。
犬も喜んでといわんばかりに雲水の手に頭を押し付けてきた。
「宗純って、この犬の名前か?」
手で犬をあやしたまま、雲水は一休を見上げた。
「はい。……名前の由来は、察しの通りです」
気まずさからか、一休は愛犬のリードを上下に揺らし、波打たせていた。
振動を感じて、宗純は一度一休を振り向いたが、自分への関心からじゃないと分かると、再び雲水に甘えてきた。
雲水はそんな一休の様子を見て、深入りしないことにした。
思ったとおり。おそらく飼い主自身の名もその有名な和尚から取ったのだろうが、その和尚の悟りを開く前の名前からもらったのだろう。
雲水は何も言えなくなり、ただ苦笑とも愛想笑いともとれないあいまいな笑みをこぼしただけだった。
そのとき、ちょうど首の辺りを撫でてやっていた宗純が、勢いをつけて雲水の顔に飛びかかってきた。
雲水はその行動に思い当たる節があり、あわてて目を細め、口を閉じた。
宗純が口を舐めてきたのだ。
「あ―――!!!」
一休の驚きの声が響いた。
「ダメ!! 宗純!!」
あわててリードを引き寄せ、雲水から宗純を離し、その口を両手で押さえ込んだ。
「何やってんだよ!?」
宗純は『なんで?』と言わんばかりに、一休の手を迷惑そうにし、首を振って離そうとしていた。
「一休! そこまでしからなくていい」
雲水はあわてて止めようと立ち上がった。
「だって、こいつ。雲水さんにチューした!!」
一休は押さえつけた犬の口をぐいぐいと上下左右に振り回した。犬は怒ってはいないようだが、迷惑そうにきゅ〜んと泣きはじめた。
「いや、別にキスじゃない。あれは甘えているときの犬の本能行為だ」
もともと肉食である犬は、子犬のとき母犬から口移してえさをもらう。その時のえさをねだるときの行動のなごりだということを雲水は知っていた。
「でもぅ…」
一休は不満そうに表情で訴えてきた。
「甘えている証拠なんだから。仕方ないだろう? 許してやれ」
一休は見るからに納得していないようだが、ひとまず宗純の口から手は離してやった
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