雲一小説

□一瞬の輝き
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「何を覗いていたんだ?」
雲水さんは俺の持っていた筒を覗き込んだ。
「万華鏡っす」
雲水さんの顔の高さまで持ち上げた。
「部室の棚の裏っかわにありました」
(何で棚の裏を覗いた?)金剛雲水、心の突っ込み。
「……こういうのは歩きながらじゃなくて、ちゃんと座って見たほうがいいぞ」
わー。先生みたい。
「はーい」
…この返事も生徒みたいだな。……しかも小学生?
でも、雲水さんの言うことも確かだと思い、俺は縁に腰を下ろし、脚を宙にもてあそんだ。
(ここでかよ?)金剛雲水、心の――略。
「ねえ、雲水さん」
再び万華鏡を目にくっつけながら、俺は話しかけた。
「何だ?」
気配と音で雲水さんも隣に座ってくれたのが分かった。
「万華鏡って、何種類の色の組み合わせがあるんでしょうね? さっきからずーっと見続けているんすけど、さっきと同じだなあ。なんてひとつもないから」
「…何種類かは、それこそその万華鏡ごとに違うだろうから、よく知らんが。前にテレビで同じものを再び見る確立は、何十億、何百億分の一だそうだ」
「すげぇ!!どんくらい見てたらもう一回見れるんでしょうね?」
「よほどのことがない限り無理じゃないか?」
「やっぱ?」
そんなに貴重だったんだ…。

「雲水さんも見ます?」
俺は万華鏡を差し出した。
「これ、ねじ付で回しとくと自動で模様が変わっていくんすよ」
雲水さんにもキレイな色をたくさん見られるように、俺はねじをめいっぱい回してから、万華鏡を渡した。
雲水さんはゆっくりと万華鏡を上にかざして覗き込んだ。
「…綺麗だな」
「でしょ?」
雲水さんと同じ感情を持てて彼に近づいた気がした。俺は雲水さんにちょっとだけ身を寄せた。
気配で俺が近づいたのが分かったのか、雲水さんは一瞬、万華鏡から目を外して、俺を見て表情をやわらげた。俺も笑顔を返した。
「これ、水でも入っているのか?ゆっくりと変わっていくが」
再び万華鏡を覗き込んだ雲水さんが、そのままの姿勢で聞いてきた。
「ああ、そうかもしれないっすね。さすが雲水さん!俺、気が付かなかったっす」
フッとまた雲水さんの顔がゆるんだように見えた。

本当に不思議な発明をしたものだ。万華鏡ってどんな人でも一度覗くとしばらくは見入ってしまうのだ。雲水さんも例外じゃなかった。じっと万華鏡を覗いていた。
表情を変えないのが俺との違いだ。まあ、雲水さんは口を開けっ放しになんてしないけど。
ふと、一点を見つめている視線の先が気になった。
この人は今どんな景色を見てキレイと思っているのだろうか?
どんな景色でこの人はきれいと思うのだろうか?
でも、邪魔するのも悪いと思って、俺はじっと雲水さんがこっちを見てくれるのを待った。
俺の視線に気付いたのか、雲水さんが万華鏡から目を外してくれた。
「ありがとう。綺麗だった」
そう言って万華鏡を返してくれた。
俺はまたそれを覗いた。覗いたところでさっき俺がいっぱい回したねじの仕掛けのおかげで、雲水さんが見ていた色はもう見ることは出来ない。そうじゃなくても、見れる確率は何百億の一、―――でも。 
やっぱり今の模様もキレイだった。
さっきまで雲水さんが見ていた模様を俺はもう見ることが出来ない。けど、今俺が見ている模様を雲水さんに見せることも出来ない。共有できないのは寂しいけど…。
 「独り占めっすね…」
 「何がだ?」
思わずつぶやいた一言にすかさず雲水さんが反応してくれた。
「いや、今見ている模様を雲水さんにも見せて一緒に喜ぶことは出来ないけど、逆にそれって、今見ているこのキレイな模様は世界で俺一人だけが見てるってことっすよね?」
 「…ああ、そうだな」
 「そう考えると、ちょっと優越感」
 「………」
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