雲一小説

□欲望のパス
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阿含はしばらく何も言わずに一休を見下ろしていた。
まだ、最初の興奮のため激しく動いている心臓の音を感じながら、一休は首を傾け、阿含の言葉を待った。
そのままにらまれ続けなくてはならないのかと思ったとき、阿含が首をひねり、離れたグランドを見た。
何を見ているのだろうと気になった一休は、つられて彼と同じ方向を見た
今グランドでは二軍も含めたメンバーでのフォーメーション全体練習をしていた。
山伏を中心にオフェンスラインが、がっちりとクォーターバックの雲水を守っていた。低く構え、パスの通せるレシーバーを見定めている。そして左サイドで二軍のコーナーバックと走っていた弥勒が彼を振り切った瞬間を見極めて、その先に的確なパスを投げた。
「うっわぁっ! さっすが雲水さん!! ナイスタイミング!」
阿含と不意打ちの対面で緊張していたことも瞬時に忘れ、一休は最も尊敬するチームメイトのナイスプレイに感嘆した。
関東最強のコーナーバックといわれている一休だったが、攻撃(オフェンス)ポジションであるスプリットエンドとして、雲水のパスを受け取ることにも誇りを持っていた。
雲水の完璧といってもいいくらいのテクニックで放たれるボールを受け取るために、一休は練習しているといってもいいくらいだ。それでこそあの人のクォーターバックとしての実力をみんなに分かってもらえるからだ。
 あの人の役に立ちたい。あの人の目指すものへの道を手助けしたい。
一休はそう思っていた。
 雲水さんは、俺の一番の人だから。

「調子に乗ってんじゃねーぞ」
阿含の黒い声でふと我に戻り、頬の筋肉が下がった。彼の兄を見ていて、いつの間にか口の端が上がっていたらしい。
「どういうことですか?」
一休は阿含のほうに向き直った。
阿含はすでにグランドから目を離し、一休を見ていたらしい。目線が嫌でも合ってしまった。
阿含は口の端を面白くないとでも言うように下げて、一休を見ていた。
一休は、何のことを言っているのか頭を働かせた。
「あ! もしかして「最強」って言われていることにですか? だったら、俺調子に乗ってなんかいませんよ? 今こうしている間にもほかのレシーバーたちが力を上げていることだって解っています。だからこそ、俺だって日々練習して、最強を名乗れるようにしているんすから!!」
一休は自分の意思を表示するため、少しだけ胸を張った。
「………と言っても、休んでいるときに言っても説得力無いっすよね」
たははと、頭に手を添えて一休は苦笑いをした。
「とにかく、俺調子になんか乗っているつもりありませんから。…練習行ってきますね」
水道の上に載せていたヘルメットのガードの部分を掴んで持ち、一休は雲水のいるグランドに向かおうとした。
その突如、持っていたヘルメットに強い衝撃が走り、一休の手からはじき落ちた。
「―っつ!」
突然の衝撃が伝わってきた指に痛みが走った。ヘルメットははでな音と共にバウンドして転がった。
「そうこと言ってんじゃねーよ」
両手をズボンのポケットに入れている阿含の片方の足が上がっていた。ヘルメットは阿含に蹴り落とされたらしい。
一休の心の表面が再び、恐怖で凍りついた。
痛みが走った指を庇ったまま、少しだけ腰の引けた格好で、一休は阿含の次の言葉を待った。
阿含は足を下ろし、一休の前で仁王立ちになった。
そして、微かに楽しそうな表情を見せた。
「雲水の眼にはお前なんか映っていない」
一休の目が驚きで見開いた。
そんなことは無いと、反論したかったが、阿含に歯向かうことに対してと、反論の根拠が無いことからの恐怖で下顎が震えて、言葉を出せなかった。
阿含の口の端が上がった。さっきの楽しそうな表情は、一休の今の顔を見られるのが楽しみだったのだろう。満足そうな顔のまま、再びグランドのほうに首をひねった。
庇っていた手を下ろし、一休もグランドを見た。目に入ったのは、もちろん雲水だった。
あの人の眼に自分が映っていないなんて、考えられなかったし、考えたくなかった。でも、頭脳的な面でもずば抜けている阿含が言うのだから、どこかに根拠があるのだろう。
「あいつが毎日ご苦労なくらい練習してんのはお前も知ってんだろ?」
阿含がそういったが、一休は雲水から目を離さなかった。今、レシーバーを探しているその眼には自分も入っているはずだと思っていた。フィールドでも、生活面でも。
「それは何のためか、覚えてんだろうな?」
この質問に対しての答えを一休は見つけようとしていなかった。ただ、遠くはなれた雲水を見つめていた。そうすることで、自分を見てくれないかと、祈るように。
「あいつは俺に追い付こうとしている。……つまり」
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