雲一小説

□新たな決意生まれし時
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二人は着替えも終え、校内の廊下をゆっくりと歩いていた。
「さすがに、疲れ出ちゃいますかもね―?」
一休は腕を伸ばしながら、後ろを歩いている雲水に話しかけた。
「そう、かもな」
道場の前を通り過ぎようとしたとき、雲水の足はふと止まった。
「?…雲水さん?」
雲水はボールを片手に持っていたときのような、思いつめた顔をしていた。そして何も言わずに道場の中に向かって行った。
「ちょっ…雲水さん?」
一休はほとんど勘で、雲水のやろうとしていることの見当が付いた。
「先に休んでいろ」
雲水は静かに道着を脱いだ。
「雲水さん!!」
気が付いたら、雲水の腕を掴んで止めようとしていた。
雲水は黙って、一休の顔を見ていた。
「……もう、今日はいいじゃないですか。明日に――」
「時間がもったいない」
雲水は一休の腕を払いのけることまではしなくても、その声だけで自分の意思が揺るがないことを伝えた。
「………」
一休は何も言えなくなった。ただ、雲水のはるかな目標を見ている目を見上げることしか出来なかった。
雲水が一歩前に出ることで一休の制止の手は振り払われた。そして、自分のパスの技を生み出す源の右腕を見つめた。
しばらくそうしていたが、思いがまとまったのか、静かに腕立ての準備をし始めた。
右手の片手、それも指先の支えだけでの腕立てだった。
一休は何をしたら良いのか解らなかった。こうなるともう、雲水は周りの些細なことには気に止めなくなってしまう。
しかし、一休は何とか雲水のこの自虐のような鍛練を止めさせたかった。このままではいくらなんでも、意思とは反対に身体が悲鳴を上げてしまう。
せめて、休ませることだけでも出来たら…。
「…雲水さん!」
一休は考えがまとまる前に気持ちの後押しで、声が出た。
名前を呼ばれたことで雲水も一休を見た。
「あ、あの……」
思わず目が泳いでしまう。何か言おうとしたら、口のなかが急激に乾いてきた。そして思い付いた。
「俺、何か飲み物を持ってきますよ。…なんだかんだで水分補給してなかったじゃないっすか?」
思いつきの理由であったが、真実も含まれていることには変わりはなかった。
「ああ、そうだったな」
雲水も今後の練習の効率を考えた上で同意を示した。
「じゃあ、それまでは休んでいてくださいよ…」
一休は雲水が体制を直すまで待っていた。
そしてようやく、長い時間かと思われるくらいゆっくりと雲水は身体を起こした。
「すぐに持ってきます!それまで待っていてください!!」
雲水が練習を止めたと認めたら、一休は弾んで道場を出て行った。
とにかく、これで休憩だけでも取れるように出来た!後は今日の練習を完全に終わらせてくれるようにしなくちゃ・・・!
一休は飲み物を取りにいく間、雲水を止めるための説得をあれこれ考えていた。

しかし、いろいろと考えていた言葉も、戻ってきたときに雲水を見たとたん、一気に忘れた。
確かにここを出て行くとき雲水は体を起こしていたはずだ。それなのに今、雲水は再び右手を鍛えるための鍛練をし始めていた。
一見、変わらないメニューだと思われるが、ひとつだけ雲水の途切れがちへと変わった苦しい呼吸が、一休の耳に痛く響いた。一度は動きを止め、口を大きく開いて酸素を肺に入れ込もうとしたほどだ。
今度はもう、言葉なんて出てこなかった。
床に一休の持ってきたペットボトルが落ちる音がして、顔を上げた雲水は次の瞬間、体を壁に押し付けられ、両手を掴まれていた。
「一休……?」
ひざの上に座って、震える手で自分の手首を掴んでいるチームメイトを雲水は不思議そうに見下ろした。しかし、一休の表情は俯いているため見ることは出来なかった。
「もう……っ」
やっと一休は震える息に乗せて声を出せた。
「もう、止めてください。…これ以上は、無理ですよ…」
思ったよりか細い声が出てしまい、言葉に自分の想いが乗せられなくて悔しかったので、意思の強さを何とか伝えるため、一休は手に力を入れた。
「…無理ではない。」
上から雲水の静かな声が、一休の耳にその言葉を届けた。
一休はいつもみたいに表情で、雲水に気持ちを伝えようと顔を上げた。
「いいえ!!だって――」
「俺は、無理でもしなくてはならないんだ!!!」
あまりにも強く言い放されたため、一休は息を呑んだ。
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