雲一小説
□美桜
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春。
ナーガというチーム名で有名な神龍寺学院アメフト部。この部には「お花見」という恒例行事がある。
「あれ?」
山伏があることに気が付いた。
「どうした?」
小出がそんな山伏に声をかけた。
「雲水と一休がいないんだが…」
「………」
皆黙った。
ほっといてやるか。
学校行事で自由行動になった途端、ふと抜け出す二人というのは、たいてい校内恋愛だ。
普通は男女で抜け出すものなのだが…。
「いい時期に来ることが出来ましたねー」
「そうだな」
周りの桜の花はまさに満開、流れる桜ふぶきのせいで空気までこの色に染められているように見えるほどだ。
二人は花見客達が座っているところから少し外れて、並木道を歩いていた。
ゆっくりと歩く雲水に、一休も歩調をあわせたり、たまにひょこひょことそのあたりを覗いては雲水に話しかけていた。
「雲水さん! あっち」
三・四歩ほど先を歩いていた一休が、横道の先を指差していた。
何だろうかと、雲水も一休の隣へ行き、その先を覗き込んだ。
桜ではない緑の葉をつけた木々に囲まれ、一本だけ淡い色の桜がたたずんでいた。それは、密集した並木たちとはどこか違う威厳を漂わせていた。
「行ってみましょ?」
一休が雲水を見上げてきた。
「ああ」
二人は今まで歩いていた道をそれ、その細道へ足を踏み入れた。
「ここからじゃあ、もう皆のとこ見えませんね」
振り返ると、たしかに木が多いせいで、桜の下にいる仲間の姿ははっきりと見えず、声もにぎやかな音としか聞き取れなかった。
「…そうだな」
こちらから見えにくいということは、あちらからも見えにくいということになる。そうでなくとも、皆はそれぞれで楽しく盛り上がっていて、こちらのことを気に留めないだろう。
そういう答えを導き出した二人は、歩きながらどちらからともなく、手を伸ばして、お互いその手を握った。
「何でこんなところに一本だけ生えちゃったんすかね?」
近づいてみると、その木は思った以上に大きく、二人とも根元で首をそって見上げた。
「あっちから種でも飛んで来たんすかね?」
一休は振り返って並木を見た。
「それにしては、大きく古い感じもするが」
雲水が目の前の木を観察しながら、つぶやいた。
そのとき、風が吹いた。
春の、強くてどこかほこりっぽい風だ。
一休は目にごみや花粉が入るのを防ぐため、とっさに目を固く瞑った。その反動か、雲水の手を握っていた指に力が入った。
それに気付いた雲水が、風上に背を向け、一休をかばった。
風はほどなく止んだ。
一休が目を開け、雲水を見上げた。そして口の端をあげた。
「桜、付いてるっす」
腕を上げて、雲水の肩に付いている桜を取った。
花びら一枚だけでなく、五枚そろったひとつの花の状態だった。
風に飛ばされないよう、一休は両手でその小さな花を包んだ。
そして、二人で見れるくらいにだけ手を開いた。
たくさんある大きな木に、たくさん付いているうちの、たった一つの小さな花。
「かわいいっすね」
一本の桜を見ると『凄い』『綺麗』になるのに、それがひとつの花になると、感想が変わってしまう。