雲一小説

□欲望のパス
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照りさす日差しの下。神龍寺学院のグランドの片隅にある給水所に、一人の少年が冷たい水をスポーツで熱った頭に被せていた。
石造りの水道の上には、アメフト用のヘルメットとタオルが置いてあった。
そのタオルが一人の男に取られたのに少年、一休は気付かなかった。その男は気配を消して、一休の傍らに立っていた。
一休が十分に涼んで、タオルを取ろうと濡れた頭を下げたまま手を伸ばしたのに、その手に当たったのは石の感触だけで、布は無かった。
「………?」
位置を間違えたのかと少し右にぱたぱたと手を動かしたら、ヘルメットに指が当たった。――ちょっと、痛かった…。それじゃあ今度は左のほうへ手を動かしたら、腕を伸ばせる限界まで石の感触だけだった。
「あれ?」
いい加減、顔を滴っていた生ぬるくなった水もあらかた落ちたので、一休はタオルの行方を視覚で捜すことにした。
顔を上げて、自分が確かに置いたはずの場所にタオルが無いのをまず確認した。
どこへ消えたのだろうとのろのろと考え始めたとき、視界がさえぎられ、息苦しくなった。
「ン―――!!?」
わけのわからない一休は本能的に助けを求めるように声を上げた。しかし、その声も頭にすっぽりと被せられた自分のタオルに吸い込まれ、ただの騒音にしかならなかった。
それでも叫び続ける一休は、今度は逃げ出そうともがいてはみたが、自分の後ろに居る人物は力があるらしい。逃げ出すことも出来ないうえ、自らタオルに顔を押し付ける形になってしまい、余計に息苦しくなった。
やっと無駄だと悟った一休は、余計に使った体力を取り戻すため、布地のわずかな隙間から取り入れられる空気を精一杯吸って呼吸した。
一休が抵抗しなくなって、やっと男はタオルを握っていた手の力を抜いた。
ゆるくなったタオルを一気に剥ぎ取り、一休は新鮮で冷たい空気を吸うことが出来た。
そしてから、一休はこの悪戯の犯人を確かめようとした。
「誰っすか?も――!!」
振り返って男の正体を知ったときは、一瞬恐怖が表面を凍らせた。
「……阿含さん…?」
見上げた先には、染めた金髪の下で暗い影を映したサングラスの奥にひそんでいる瞳が半開きで自分を見下していた。
首筋に滴が流れてきて、鳥肌が立った。
「……何すか?」
とりあえず、何か用件があるのなら早く聞いてしまおうと思った。

阿含は神龍寺の先輩を含めたメンバーのほとんどに恐怖を植え付けている。彼がいるだけで、空気が張り詰め、仲間の間に緊張が伝染する。彼に普通に話が出来るのは雲水だけだ。
そんな中で、一休はほかのメンバーよりは彼に対する恐怖が少ないほうだった。それは雲水のような慣れではなく、裏表の無い性格のせいと、今までいなかったタイプの人間への好奇心だった。
しかし、だからと言って彼といつでも普通に接することが出来るかといわれたら、出来ない。けれど普段の生活になら、それほど損傷は無いし、よほどのことが無ければ、彼だってその黒いオーラを人に向けることはあまりないと思っている。そう、ようは彼の気に触れることをしなければいい話だ。
けれども、今の阿含の目には殺気というほどのものは無くとも、一休に恐怖を与えるくらいの光は宿っていた。
彼の気に触れることは何もしていないはずだが……。
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