雲一小説

□新たな決意生まれし時
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晴れわたる大空の下、小さな少年たちが駆け抜ける光景が、そこにはあった。
今は体育の時間、ある二人の少年が100m走のタイムを計っていた。
銃声の音と共に走りだした少年たちの距離は、みるみるうちに離れ、ついに先頭の少年が、劇的に単独ゴールを決めていた。
「うっそ。お前、速すぎだろ?」
二着になった少年が乱れた呼吸の中、一着の少年に驚きの視線を投げかけていた。
「何とでも言っていな。所詮、才能の違いだ。」
一着になった少年は、当然という態度で余裕の言葉を返してきた。
「すっげえな…。あいつ、何つう名前だっけ?」
後ろのほうで、自分たちのタイムを計られるのを待っていた他の少年たちは、あの天才の正体を確かめようとしていた。
「確か……金剛、阿含?」
そう。それが、あの天才少年の存在を表す人名だった。
「金剛って、確か、お前もだったよな?――雲水?」
待っていた少年たちの視線が、一人に集まった。
「ああ……」
雲水は、表情を付けない声で、答えた。そして、後々で何かと言われるのも嫌だったので、彼は現実を自ら言った。
「あいつは、双子の弟だ」
予想通り、雲水の周りで驚きのざわめきが広がり、好奇心と期待の視線が、彼にそそがれてきた。
 解っていた。この視線が、くるということは…。
雲水はひたすら、自分のつま先だけを見つめ続けた。
「次の二人組、準備しろ!」
ゴール横で、タイムウォッチを片手の担任が叫んだ。
出席番号順だったので、今後は阿含の後の雲水とその次の少年が必然的に走ることになった。
「まじかよ!双子ってことは、お前も阿含みたいに速いんだろ?うわ。おれ、みじめな役割になっちまうじゃん!」
感嘆する少年の横で、雲水は静かにスタートの合図を待っていた。
 安心しろ……。君が、心配することは何も無い。
また、銃声が鳴り響いた。
今度の二人の距離は離れることは無かった。ゴール間際までほぼ並び、最後に踏ん張りを見せた少年が、わずかながらの距離で、雲水に勝った。二人のタイムの違いは、一秒未満だった。
「まじ?…まじ!?もしかして、おれって実はめっちゃ速いんじゃないの!?」
雲水より速くゴールしたことで、少年は自分の新しい才能を発見したのではないかと、気持ちが高ぶった。
「いや。阿含のほうがダントツ速い」
「ありゃ?」
少年の希望は担任の一言で間も無く終わった。
その後、少年の瞳はゆっくりと雲水に疑いの視線を向けた。
 だから、言っただろ。心配することは無いって…。君の役目は、俺が引き受けることになったんだから。
雲水は、ただ膝に手を付き呼吸を整えていた。決して、顔を上げなかった。


「テストの配点が終わったので、返すぞ」
担任の一言に、クラス中は、ブーイングや恐怖のあえぎに包まれた。
「今回の平均点は66.4点。…まあ、こんなもんだろ」
担任は気にせず、テストの状況説明をし始めた。
「最高点は100点で……阿含」
この言葉を聞いても、クラは予想通りの当たり前だという雰囲気になった。
「では、出席番号順に配る。1番から順に来い」
テストを受け取った生徒の反応は、毎度なから様々だ。落胆に嘆く者、予想以上の結果に驚く者、こんなもんだろうと、たかをくくっていた者などいろいろだった。
時々、担任が、点数が上がったものを誉めたり、現状況がやばい者には喝を入れたりと、言葉を添えることがあった。
阿含の順番のときは「順調だな」と確認のような言葉だった。
「ったりめぇだ」
阿含は、薄ら笑いさえ浮かべて席に戻った。
「雲水……」
担任が、阿含とは違うテンションで雲水に用紙を渡した。94点。
「もう少しだったな」
「……はい」
用紙を折りたたみ、脇に持った。
「何、次もある。お前ならできるよ」
雲水はそのまま席に戻ろうとした。雲水が落胆したのだろうと思った担任が、励ましのつもりでとどめを刺した。
「大丈夫だ。お前も、阿含と同じ血から生まれたんだ。出来ないはずが無い」
 解っている。遺伝子上の条件では何も違わないことは。……けれど。
席に戻るとき、弟と目が合った。
弟はいつもと変わりない気だるく、人を見下したような表情に見えた。

席に戻ったときに気が付いた。
手の平に、湾曲した爪の痕が赤く残っていることに。


この気持ちを無くす方法は一つだけだった。
己を磨き続け、最高に限りなく近づくこと。
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