雲一小説

□印象な微笑み
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 「おい。一休!」
 廊下である先生に呼び止められた細川一休は、くるりと振り向き、声の主のほうに向き合った。
「一休だったよな」
その先生は、改めて顔を見て念のための確認をした。なにせその生徒はまだ、入学したてだからだった。
「はい。そうっす」
一休は元気良く返事を返した。
まあ、間違えるはずは無かった。いくらなんでも額の真ん中の特徴的なほくろを持った者を見たら、名前を覚えるはずだ。
一休は目の前の先生のことを思い出そうとした。そして思い出した。その先生は一学年の、つまり一休の学年の学年長だった。
「悪いが、運んでもらいたいものがある。いいか?」
「はい。何すか?」
細川一休は頼まれたら断れない、というか余程のことでなければ断ることをしない性格だった。
「こっちに来てくれ」
そのまま学年長は一休を連れて廊下を歩いた。
廊下の端にいくつもの段ボール箱が置かれており、先生はそのひとつを開けた。そして中から薄めの本を取り出し、その上から何冊かを選び取った。一休はその本を運ぶのだと思った。
「一休。この本を運んでくれ」
「はい。…って、ええ――!?」
学年長は選び取ったほうではなく、残った大量の本のほうを指差した。ざっと百単位はありそうだった。
「鬼多―――!!」
「これは神龍寺の伝統一式だ。これを一年生に配るため、まず職員室に運んでくれ」
ちなみにこっちは特別教師用。と手に持っていたほうを説明した。
「先生!これ一人で運べって言うんすか!?」
「じゃ。頼んだよ」
「ちょっ……ええ―――」
学年長はその場を去った。

「やっぱり…鬼重」
そこにはふらつく足取りで大量の本を運んでいる一休の姿があった。
持っている本は一休の顎のすぐ下まで来るほどの量であった。
「ふい。小休憩」
運動部を希望してきただけあって、体力はあるほうだが、大量の紙の束を舐めてはいけない。下手をすれはちょっとした修行にもなりえない。
廊下の角で立ち止まって、一休は腕以外の力を抜いた。
窓の外で木陰が揺れるのが感じられた。
と、突然持っていた本が自分を押してきた。
「おわっ!!」
何とか体制を立て直したものの、崩れた本の列は上のほうの冊子を床にばら撒いてしまった。
「あ―…」
一休は落ちた本を眺め、ちょっと考えた。どう考えても片手で拾うのは無理だったし、いったん持っている本を置いて拾うのも、その後下ろした本の下に指を押し込んで再び持ち上げるのはちょっとめんどくさかった。
「あ゛―――何かぶつかった」
「阿含。まず誤れよ」
顔を上げたら、サングラスをかけた金髪の派手な人とその後ろに坊主頭の生徒が居た。金髪の人はこの神龍寺には相応しいとは言えず、そのけだるさそうな雰囲気も合わせて、この場には似つかわしくないオーラを投げかけていた。
「あ?俺、なんか法破ったか?」
「そこまでのことはしていないが、礼儀だろ……それにお前は法を破ったとしても素直に謝らないだろ」
阿含と呼ばれた金髪の生徒はなおも謝る気の微塵も見せなかった。
「すまないな」
坊主頭の生徒のほうがしゃがみこみ、一休の周りに落ちてしまった本を拾い集めた。
「ああっ!…ありがとうございます」
言い終わる前に彼は、拾い終わり立ち上がっていた。そして大量の本を抱えている一休を改めて見た。
「大丈夫か?そんなにたくさん」
いかにもその後に手伝ってやろうか?と聞いてきそうな雰囲気だったので、一休はあわてて言った。
「平気っす。あ。それ乗せてください」
その生徒は促されたまま、拾った本を一休の持っていた本の上に重ねた。
「本当に…」
「大丈夫っす。これでも体力には自信ありますから」
そういって、一休は余裕だと思わせるため笑顔を彼に向けた。
「だってさ。本人がそう言ってんだからよ。やされてやれよ雲水」
後ろで成り行きを見守っていた阿含が出てきて口を出した。ついでに一休の持っている本の上に腕を乗せ、体重をかけた。
「鬼重――――!!!!」
一休はとにかく踏ん張った。
「阿含!!」
雲水は阿含の腕を引っ張り、一休から離れさせた。そして彼を睨みつけたが、阿含は気にしてないようで、口元は楽しそうに上がっていた。
雲水は短くため息をついた後、一休のほうに向き直った。
「すまなかった。それじゃあ、がんばれよ」
雲水は一休に優しく微笑んだ。
「はい」
一休は最後に笑顔を返し、再び歩き出した。
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