雲一小説

□雁屋
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いつも通り『雁屋』にシュークリームを買いに行ったまもりは、そこでショーケースを覗いているある人物を見つけた。
「雲水くん」
呼ばれた雲水は、ゆっくり顔を上げた。


とりあえず、二人は前の試合のことで頭を下げて挨拶をした。
「雲水くんもシュークリームを買いに?」
「ああ。ここのは有名だから、一度食べてみたいと一休が言っていたから」
せっかく近くまで来たからと、ここに寄ったのだという。
「しかし、いざ見たら意外と種類があって迷っていたところだ」
雲水は顎をかいた。
「何かおすすめとか聞けると、嬉しいんだが…」
「ええ、それなら…」
まもりのスイッチが入ってしまった。
「こっちのは生クリームとカスタードが半分ずつ入っていて、違う甘さを一つで楽しめるし。これは生地にココアパウダーを使っていて、チョコレート風味がクリームをより引き立てくれるし。ごまクリームなら、和風な感じがまたいいし。これは今月の新作でドライフルーツが入ってて…」
「あ。も、もういいです…」
そういう濃厚な説明は求めていなかったのに…。
「でも、初めてここのシュークリームを買うなら、スタンダードなものをおすすめします」
「そうか。じゃあ、そうさせてもらう」



二人とも無事に買い終わった。
「ありがとう。おかげで早く選べた」
「いえ、お役にたてたかどうか」
「いや、助かった。俺一人なら、今も悩んでいたと思う」
そう言うと、まもりは目を細めた。


「あ―――――――!!!!!!」

いきなり何かと思ったら、一休がこちらにつかつかと歩いてきた。
「一休、どうしてここに…?」
一休は雲水の腕をしっかと掴んだ。
「何やってんスか!?早く帰りましょう!!」
「え?おい、ちょっと…」
ぐいぐいと雲水の腕を引っ張り始めた。
「はやく!!」
なんとなく、母親を急かす子どもみたいだった。
つられて雲水の足が動いてしまう。
「あ。じゃあ、あの……ありがとう」
雲水はまもりに目配りした。
まもりは和やかに二人に手を振った。






「どうしたんだ。一休」
雲水はせかせかと先を急ぐ一休の後ろを歩いていた。
「寄り道なんかしてないで、さっさと帰って来て下さいよ!」
「何を急かしているんだ?今日は練習はないだろう?」
「それでも、用が済んだら帰って下さい!雲水さんは神龍寺に居なきゃダメです!司令塔はいつもチームの真ん中にいないといけないんです!雲水さんは次期キャプテン確定なんだし」
「一休、言っていることがめちゃくちゃだぞ」
「とにかく、あんな道草食ってないで…あたっ!?」
一休が前触れもなく、倒れこんだ。
「大丈夫か!?」
雲水はすぐに一休の横に膝を付いた。
「…何か躓いた」
見ると、舗装が削れて小さな穴が出来ていた。
「何だよーこんくらい直しとけよー」
一休の機嫌がさらに悪化してきた。
「東京のアホー!!首都圏だからって調子乗ってんなー!!」
「一休、首都圏って言ったら、神奈川も入る…」
雲水は正直、今の一休の扱いが分からなかった。
何がそんなに不満なのだろうか?
「そもそも雲水さんが悪いんです!!」
「俺?」
「雲水さんが東京に来るから。雲水さんがあんな店に拠るから。雲水さんが女の子と話なんかするから。…雲水さんが俺を置いて出掛けちゃうから、こんな目に合ったんですよ!!」
頬を膨らませて、うつむいた。
雲水は面食らったが、すぐに頬を弛めた。一休の頭に手を伸ばした。
「ごめんな。寂しくさせて」
「ち、違います!」
そっぽを向いてしまった。
「それじゃあ、帰ろう。立てるか?」
「…足痛い」
「え!?」
「ひねった、かも」
一休はうつむいたままだった。
「おんぶ」
「え?」
「おんぶしてください」
「それより、見せてみろ」
「いいから!雲水さんがおんぶしてくれたら、治りますから!」
それで雲水はわかった。思わず微笑む。
「これ、お前が持ってくれ」
一休に雁屋の箱を渡した。そして背を向けた。
「おいで」
一休は抱きつくように、その首に腕を回した。



一休は雲水の背中で揺られながら、ぴったりとしがみついていた、
「一休」
雲水がおもむろに口を開いた。
「さっき、どっちに嫉妬した?」
「!?」
一休が顔を上げた。雲水の表情は見えなかった。
「う、雲水さんですよ!神龍寺で女の子と話しても許されるのは、阿含さんだけなんスから!!」
耳元ということも忘れて、一休はわめいてしまった。
雲水は怒らずに「そうか」と言うだけだった。
一休は悔しかった。
雲水は絶対、本当のことに気付いている。
あの泥門のマネージャーは、一休もかわいいと思っていた。しかし、先ほど嫉妬したのは彼女に対してだったのだ。

自分はそれだけ、この人のことが……。
「一休」
雲水に呼ばれ、一休ははっとした。
「迎えに来てくれて、ありがとう。おかげでお前と早く会うことが出来た」
その言葉で、一休はあたたかい飲み物を飲んだように体中があたたかくなった。
言葉は返さなかったが、ぎゅうっと抱き締めた。

シュークリームの甘い香りが、二人だけを包んだ。




→あとがき
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