雲一小説 その2

□Fast LIP
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「雲水さん、キスしたことあります?」
阿含の居ない雲水の部屋で、突然一休が聞いてきた。
「……は?」
ちゃんと聞いてはいたが、思わず聞き返してしまった。
「だから、キス! チュー!」
一休は恥ずかしさを紛らわすかのように、少しだけ大きな声で繰り返した。
恥ずかしなら、聞かなければいいのに。
一休は目を離さずに、答えを待っていた。
「…ないよ」
「彼女がいたこともッスか?」
「ああ」
「そうなんスか…」
「なんで俺に聞く?」
「だって、他の奴より雲水さんの方がまだ彼女とかいそうじゃないですか」
「まだ?」
その言葉に引っ掻かった。
けど、一休は気にしない。
「阿含さんに聞いたところで、からかわれるのがオチだし」
「そうか」
「どんな感じなんでしょうね?」
一休は目をイキイキさせていた。
「だから、知らないから」
「むう…」
雲水が言うと、一休は何やら一人で考え始めていた。
そんな一休を見て、雲水はふと思うことがあった。
「……一休」
呼ぶと、目を合わせてきた。
「俺で実験したいとか、言いだすなよ」
「なっ…!」
一休の耳がポンと赤くなった。
「ししししませんよ!そんなあやしい世界に俺は行きませんよ!!」
腕を振りながら訴えてきた。
「そうか。ならいい」
そこまで必死になる一休に、苦笑した。
雲水は開いていた本に目を戻した。
一休がまだ自分を見ているのは気付いていたが、彼から話しかけてくるまでは黙っておくことにした。
そしたら、一休は膝を滑らせて近付いてきた。
隣に来て、雲水の左手をとった。
なんだ?
そう聞く前に、一休はその手の甲に唇を押し当ててきた。
「う…わぁっ!?」
慌てて手を引いた。
「ど、どうしたんだ?一休!?」
体を動かさずにここまで心臓が激しくなったのは初めてだった。
「口では実験しませんけど、人にキスするのってどんなかなーって思って」
「だからといって…」
「雲水さん、顔真っ赤ー」
一休は雲水を見て、ケタケタ笑っていた。
少し悔しいが、確かに顔が熱い。
手にはまだ、ぬくもりとやわらかさがリアルに残っていた。
「いきなり、手とはいえキスされたら、緊張するだろ」
雲水がそう言うと、一休は笑うのを止めて、きょとんと雲水を見てきた。
「手でも、ドキドキするもんすか?」
「ああ。…唇が触れるんだからな」
した方の一休は何も感じていないらしい。
好奇の瞳になった一休が、広げた右手を差し出してきた。
「雲水さんも、やってみてください」
「え?」
「そんなにドキドキするんなら、俺もしてみたい」
一休にそう言わせたのは、純粋な好奇心だけだった。
「手だったら、平気ですよね?」
そんな一休の気持ちを折るのも何だか気が引けてしまい。雲水はゆっくりその手をとった。
その手を近づかせながら、少し体も屈めた。
そしてその右手の平の真ん中に唇を当てた。
「ひゃっ!」
ピクンッと体を震わせた一休が、一気に顔を赤くした。
「ド…ドキドキするもんっすね」
「だろ?」
あまりにも一休が赤くなるから、雲水もまた恥ずかしくなってきた。
掴んだままだった一休の手を放した。
「もう止めよう。本当にあやしい世界に行きそうだ」
「そ、そうっスね!」
とは言ったものの、一休の顔はいつまでも紅潮が引かなかった。
多分、自分もそうなのだろう。
雲水は思った。


就寝時間が過ぎた頃。一休は自分の部屋に戻り、雲水は電気を消して布団に入っていた。
もう目も慣れ、周りも最小限見えていた。
何も考えないでいると、思い出すのは左手と唇に残る感触だった。
もう時間も結構経っているというのに、今でも鮮明に覚えている。
雲水はその左手を布団から出して、目の前にかざした。
人の身体に、あれほどやわらかい部分があったのかと知らされた唇の感触。
その指で自分の唇をなぞってみた。
今まで一休には、指一本触れなかったわけではない。突き指した手にテーピングを巻いてやったこともあったし、あの時だってキスする前にその手を掴んでいた。
けれど、唇で触れた一休の手は、手で触れたものとは別だった。
素手でボールを扱う自分と違って、やわらかい肌をしていた。
雲水は一休にキスされた手の甲に自分の唇を当てた。
違う。一休のは、こんなのじゃなかった。
一休の唇が触れたとき、本当に心臓が跳ね上がったのだ。
自分でやっても、再現は出来なかった。
けれど、これじゃあ一休と間接キスだ。
そう思いつくと、あの時程ではないがドキドキしてきてしまった。


同じころ、一休も右手の平に唇を当てていた。
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