雲一小説 その2

□温度差
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放課後の校内というのは、結構告白スポットである。
夕陽差し込む教室。
人目の無い体育館裏。
誰もいない部室……。

一休はまさにその誰もいない部室で告白されていた。

一休は部室の真ん中で、雲水に抱きしめられていた。
耳元にはまだ、先ほど言われた雲水の言葉が残っている。
『好きだ』
一休はその言葉の意味を探しだすのに、時間がかかった。
雲水の腕の力が増して、体への圧力が強くなったところで、やっと全てを把握出来た。
「は……ふえぇぇえぇ―――!!??」
雲水の耳元ということも忘れて、叫んでしまった。
さすがに雲水も顔を離したが、手はまだ一休の肩を掴んでいた。
「う…雲水さん、何言って……んなわけないでしょ!?」
今更ながら顔が熱くなってきた。
絶対今、赤い。
「戸惑うのは最もだと思う。けど、嘘じゃない」
雲水はいつも以上に真剣な顔だった。
「あ…あうあぅあう」
一休は顎がもやもやと粘土になったかのように鈍くなり、変な声しか出なかった。
汗も出てきそうだ。
「俺もこの気持ちを自覚したときは、まさかと疑った…。けど、お前と丸一年以上いて、確信した。一休、お前が好きだ」
肩を掴んでいる指に力が入ってきた。
そこから伝わる温もりが、熱いくらいだった。
「う、雲水さん…」
一休は雲水の強く真っ直ぐな、でも何処か不安気な眼から逃れることが出来なかった。
「一休…今、好きな娘……付き合いたいと思うくらい、好きな娘がいるか?」
「え?…あ、っ…」
気になる女の子と聞かれたら、沢山いる。けれど、どの子も話もしたことないような娘ばかりで、今すぐ付き合いたいかと聞かれたら、唸ってしまう。
「じゃなければ……俺のこと、嫌いか?」
この質問には、すぐに首を横に振った。
「この二つが当てはまらないのなら……」
雲水の眼に力が入った。
威圧のような強さではなく、自分の不安に押し潰されないかのように、力を入れた眼。
「俺と…付き合って、くれないか……?」
雲水は呼吸も苦しそうに、途切れ途切れ言った。
「…っ…」
一休の方も、喉が詰まった。
二つの質問は、どちらも雲水を振るほどには当てはまらなかった。
何より、今の雲水がものすごく真剣であることは痛いくらい解り、それを振るのは軽い気持ちではいけない気がした。
ここまで力を振り絞って想いを伝えてきたのに、ここで振ってしまったら、雲水はどんなに傷付くだろう。
「あ…あのっ」
震えそうな声をやっと出した。
雲水は顔を上げた。あまり希望を見いだしていない顔だった。
「いきなり男同士で付き合うとかピンと来ないんすけど…あの…」
言っていくうちに、みるみる雲水が歯を食い縛っていくのがわかった。
一休は慌てた。
「その…っ、キ…キスとか、そういうのはまだしないっていうなら……付き合うっスよ」
雲水はすぐには反応を返さなかった。
最初の一休のように、今の言葉の意味を探しだすのに時間がかかっているようだ。
「ほん、とうか?」
口元の力は抜けていた。
「それでも、雲水さんがいいって言うなら…」
「いい!」
雲水は慌てて言った。
「いい……一休」
雲水の眼は熱いままだったが、不安はなくなっていた。
一休を掻き込むように、再び抱いた。
「っ!!?」
「ありがとう…ありがとう、一休」
一休は動けなかった。
抱き締められているからではなく、雲水の体が震えているのに気付いたからだ。

それから二人の付き合いが始まった。
他の皆には、秘密にするということで、人がいるところではいつも通りに振る舞うようにしていた。


一休は今、雲水の部屋で課題をしていた。
元から雲水に勉強を教えてもらうとこはあったが、今は雲水の方からもよく誘ってくる。
皆の前では恋人らいしことが出来ないため、部屋で二人っきりになれる時間が嬉しいらしい。
「一休」
英文を写している一休に、雲水が横から声をかけてきた。
「何すか?」
雲水が近くで自分のことをずっと見つめてくるのにも、やっと慣れてきた。
「手、握ってもいいか?」
yの下への線が、異様に伸びてしまった。
「………へ?」
言われたことを頭で繰り返し、一応確認してから振り向いた。
「邪魔はしない…左手でいい」
「…っ」
一休は机の上に添えていた左手を握り締めた。
そう…だよな。俺、雲水さんと付き合うって言ったんだもんな。
「いいっすよ」
それを聞いて、雲水は顔を緩ました。
「ありがとう、一休」
雲水は手を伸ばした。
それは握るとうより、ただ重ねているだけのようだった。
一休の手に重さすら感じさせない。
感じ取れるのは、手の温もりだけだった。
その手がとてもあたたかく、逆に自分の手が冷たく感じてしまった。


なんとなく、これは『付き合う』としては、どこか違うことは自覚していた。


「一休」
また二人で雲水の部屋にいた時だった。
並んで壁に寄りかかって座っていた。
「何すか?」
「今夜、一緒に寝てくれないか?」
バタッ!!
体が本能的に雲水から離れた。
「う、うん…雲水さん!」
わたわたと一休は慌てた。
「そういうことは、まだしないって…!」
「ああ、しない。ただ一緒にいてくれるだけでいい」
雲水は真顔だった。
「なんなら、阿含の布団で寝てもいい」
雲水は一休の手の上に、手を重ねた。
「傍にいて欲しいだけだ」
雲水の真顔(この人はほとんどいつも真顔だ)で正面から頼まれると、とてつもなく断わりずらいものがある。
一休は背中に汗でもかいてるのでは、と思った。
「で…でもそんなこと言っても…雲水さんだって、本当の本心は……ヤりたいと思ってるんじゃ」
「ああ」
「ぴゃっ!!?」
ことなげに、答えられた。
「俺だって男だ。好きな子に触りたいという気持ちは、お前にだってわかるはずだ」
「うう…」
解りすぎるから、怖いのだ。
雲水のことは嫌いじゃない。
しかし、それはまた大きく問題が違う。
「けど、お前が嫌だと感じてるうちは、約束通り何もしない」
雲水は一休の肩を掴んで、落ち着かせた。
「一時のせいで、お前と離れるのは嫌だからな」
「う?」
「心配ならいい。自分の部屋に帰っていいから」
頭を撫でてくれた。
その手の優しさが、一休の心を重くさせた。
目をそらした一休は、自問した。
好きな子に触りたいという気持ちは解る。
そして、好きな子に触れない気持ちも解る。
確かにそういうことはまだ、ということで付き合い出したのだが。
本当は雲水さんに対して、すごく残酷なことをしてるんじゃないか?
一休は、今の雲水を自分と置き換えて考えてみた。
生殺し…だよな?
「わかりました」
「え?」
一休の小さな声に、雲水は首をかしげた。
「隣に寝るだけなら…一緒の布団で寝るっす」
雲水の目が見開いていた。
「無理しなくていいぞ。不安なんだろ?」
「い、いいんスよ!」
今度は逆に一休が雲水の両腕を掴んで、顔を合わせた。
「俺がいいって決めたんです!俺がいいって言いだしたんだから、いいんスよ!!」
手に力を入れた。
「男に二言はないっス!今日は、雲水さんと寝ます!!」
一休の勢いに驚いていた雲水だったが、言いたいことを言った一休に、目を細めた。
「わかった。ありがとう、一休」
また、ありがとうって言われた。

そして、雲水の部屋には一組の布団が敷かれた。
「電気、一つ残すか?」
「全部消していいっスよ」
先に布団に入っている一休に言われ、雲水は電気紐を引いた。
暗くなり、雲水も布団に入ってきたのは、気配と音のみでわかった。
一休は一瞬、気がカァッとなった。
「あっ、雲水さ…ちょっ!」
思わず体を動かして、端によってしまった。
「一休」
雲水の声は穏やかだった。
「恥ずかしいなら、俺に背を向けてかまわないから」
雲水は布団ごしに、一休の肩のあたりを撫でた。
「…はい」
一休は体を回して、その通りにした。
「その代わりというわけではないが、腕回していいか?」
後ろから雲水の声がした。
「いいっすよ」
そのくらいなら、応えてあげるべきだろうと思った。
雲水の腕が、腰に来た。
その時、無意識にピクンと身体が動いた。
「一休?」
「な、なんでもないっスよ!」
「…そうか」
雲水の腕は、この前手を握ってきたときと同じように、一休に全然重さを感じさせなかった。
感じるのは温もりと優しさのみ、一休はまた自分の身体が冷たく感じた。


これで、いいのかな?
一休は思った。
今まで女の子とも付き合ったこともないから、『付き合う』ということは、本当はどうなのか解らないけれど、そんな一休でも今の雲水との関係はどこかおかしい。
それはわかった。
『付き合う』とは、好き合っている者同士が一緒になること。
雲水は迷い、ためらいながらもはっきりと一休に言ってきた。
『好きだ』と。
俺は…雲水さんにそう言えるか?
答えは――――――――否だった。
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