お話

□4話
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「ううん…どうしよう…これ…」

ここは京の町。夜の闇の中出歩くものは少ない。そんな夜の京で千鶴はどうしたものかと頭を抱えていた。
千鶴の周りには3人の男。皆浪人のようではあるが、地面に伏している。
絡まれた千鶴が背負い投げから落としたためしばらくは気を失っていることが確定しているし、大嫌いな人間だが、根が優しい千鶴は道端に放置もどうかと思い悩んでいた。

「風邪ひいたら、可哀想だし…でも人間だから…ほっとこうかな」

千鶴がため息をついたとき。

「っ⁉︎」

殺気を感じ、辺りを見回しながら、千鶴は小太刀に手をかけた。
そういえば前はこの人達に追われて、彼らにあったんだった…
どうして直ぐに逃げなかったのかと悔やむも時すでに遅し。
通りに白い影と紅い二つの光が見えた。

「血を…チヲヨコセェ」
「ら…せつ…」

ふらふらと歩く二人の羅刹はやはり、見覚えのあるもので、場所は違えど運命ってあるんだと、千鶴はもう一度ため息をついた。
もう彼らは救われない。死を待つだけだ。だが、千鶴は誰かを傷つけるのが嫌いだ。人間が嫌いでも、それでも何処かで気にかけて。いつだって懸命に誰かの役に経とうとする、優しい優しい少女。
が、今回力をつけた千鶴は戦うことを知っている。その意思も覚悟も冷静さもある。それでも、今の状況と感情の間で悩んでいた。
だから一般人なら基本体術で退けられる。刀は1度も抜いていない。
しかし羅刹ではそうはいかない。寿命をつかいその傷をすぐに癒すことができ、中々丈夫だ。落とせばしばらく動かないであろうが、落とすまでの接触も危ない。
かといってこのままだと千鶴も危ない。

「…切るしか…ないの…?」

ぐっと唇を噛み感情を押し込め、千鶴は小太刀を慣れた手つきでぬいた。できれば時間稼ぎをし、隙をみて逃げるつもりだった。殺すのは最終手段。けれど千鶴はこのまま時間を稼ぐのも危険だとわかっている。新選組が来てしまうからだ。
新選組に捕まれば薫探しは厳しい。軟禁されてしまう。そのことは身を持って知る千鶴の目に力が入る。
薫のためならなんでもする覚悟の千鶴。もちろんこの件も例外で無く、薫探しの妨げになるなら。
多分、羅刹を殺すだろう。所詮はなり損ないだとわかっている。風間と同じ発想になるのがちょっぴり悔しいのだが。

「薫探しの邪魔はさせない…!薫にこれ以上苦しみをあたえてたまるもんですか…!!」

鬼化しないように千鶴は力を抑えつつ構える。
それを合図にしたように羅刹が刀を構え千鶴に飛びかかる。
それを避けようと千鶴が重心をズラしたとき、ガクンと千鶴のバランスが崩れた。足元の浪士が目を覚まし、千鶴の足を掴んだのだ。

「…っはなしてっ!」

千鶴は浪士の手を蹴りとばし、後ろに大きく跳んだ。
おってくるかと思いきや、近場にエサがあることに気がついたのだろう。羅刹はニヤリと笑い足元を見た。そのエサは、先ほどの浪士。
浪士は助太刀が来たとでも思ったのか
手を伸ばした。それがどれほど馬鹿なことか、彼らはほんの数秒後に思い知る。

ぼとん

「ぅ…ぁ?」

浪士の伸ばした手は、間抜けな音をして地面に落ちた。切られた手首から血が噴き出す。
羅刹たちはケタケタと不快な笑い声をあげる。呆然としていた浪士達もようやく神経がはたらいたのか騒ぎ出した。それにつられるように羅刹は刀を振り上げ、執拗に浪士達を切り刻む。
気持ち悪い、色々なことを抜きにして、純粋に千鶴は思った。とにかく刀を収め、音を立てないように後ずさる。前のように音をだしたらまた気づかれる。
それでも、やっぱり運命というかなんというか。別のものに気づかれた。

「おい、お前こんなとこでなにしてんだ?」
「は…っ」

別の通りから原田左之助が現れた。うっすら人の気配は感じていたものの、目の前の羅刹に意識が集中していたため、千鶴はその気配が側に寄ってきているのに気づけなかったのだ。
名前を呼びそうになって、それから、ぐちゃぐちゃとした気持ちが千鶴の中で渦を巻いた。
”この人達はいい人””家族を殺した人間の仲間””誠の武士””武士と名乗るもの達が里を焼いた”そんな、彼ら新選組への評価と人間への憎しみが巡って千鶴は吐き気を覚える。
が、聞こえた悲鳴にその吐き気も引っ込む。
先ほどまでいた羅刹がただの屍になっていた。羅刹だった人の傍らには永倉新八、藤堂平助の2名。羅刹を仕留めた二人は複雑そうな顔をして元羅刹をみ、それから千鶴へ顔を向けた。
また、ぐちゃぐちゃと思考が荒れるも、すっと息を吸い、千鶴は気持ちを落ち着かせた。
大丈夫、まだ逃げられるはずだと。
あまり誤魔化しが上手くない自覚があるため、千鶴はこれと言って構えることはせず三人を見る。

「あーっと…あのさ…今の…みたよな…」

すごく悲しそうな顔をして平助が千鶴に問う。
それにたいしコクンと千鶴は頷いた。
否定は意味をもたない。どうせ返してもらえない。
頷いた千鶴に対し、三人ともやはり悲しそうな顔をした。

「わりぃな、ちょっと屯所まで来てもらうぜ」

原田が千鶴に手を伸ばす。そしてその腕に触れた瞬間。

「触らないで…!」

千鶴は原田の手をはたいた。一瞬で沈黙が訪れる。
千鶴も千鶴で自分の行動に少し戸惑っていた。

「(この数年間、人に触れてなかったから…わからなかったけど…やっぱり、だめ、だ。わかってる、この人たちじゃ、ないのに)すい、ません」

とにかく非礼をわびる。鬼だろうと人だろうと非礼は非礼。風間を思い出しながらああはならないと礼儀作法を学んだ千鶴なりの精一杯の気持ちだ。
それが伝わったのか、原田もこれと言って怒ることはなく、笑って済ませた。

「逃げなきゃさわらねぇよ。悪かったな、そりゃいきなり掴まれたら怖いよな」

優しげに笑う原田。千鶴を女だと気づいていた1人だ。
この人は今回も気づいてるんだろうな、と千鶴は思う。笑い方がなんだか子供や女性に向ける感じになっている。

結局、逃げることかなわず(3人に囲まれて連行されたため面倒にもなった)屯所へとたどり着いてしまった。
16年前、あの日見た屯所と変わらぬすがたで、不覚にも千鶴の胸に懐かしさや嬉しさが広がる。
その気持ちを千鶴はぐっと飲み込んだ。ほだされてしまったら、早々帰れなくなるだろう。
平隊士に会うこともなく、部屋へととうされる。

「お前の身柄については明日の朝話すからよ。ちょっと拘束させてもらえねぇか?」

どこから持ってきたのか、永倉が縄を持ち問う。
頷いた方がいいのは千鶴にもわかるのだが、やっぱり触られるとまた同じことをしてしまうような気もした。

「…逃げません。だからこのままで、お願いします」
「でもな…」

やはり渋る3人に、人間相手でしゃくだが、この人たちは悪くない悪くないと言い聞かせ、千鶴はぐっと平助の目を見る。

「…私は、約束は守ります」

正直こんなのが通じるとはおもわないが、やらないよりましだ。そう思いじっと平助の目を見続けること数分。

「…わかったよ。お前嘘つかなそうっつーかつけなさそうだし。いいよな、左之さんしんぱっつあん」

意外にもというかやはりというか、平助は了承した。仕方ないという風に原田と永倉も了承する。
そして、3人も去り一人になった(恐らくだれか監視はいるが)千鶴はため息をついた。

「…まさかあの人のよく言ってた言葉、使うとは思わなかった…」

前回、そして幼き日に里に訪れた金髪の鬼を思い出す。

「…鬼は…約束を守る…人間とはちがうんだ…だから…薫、私はあなたを必ず…」

そう呟いた言葉は、監察の山崎の耳にも届かないくらい小さかった。


千鶴を部屋に連れて行き、着替えを済ませた三人は副長室にいた。

「…そうか、目撃者がでちまったか」

鬼の副長こと土方歳三は眉間のシワをさらに深くして報告を聞いた。

「今はとりあえず丞君に見張ってもらってるぜ。細っこいし大丈夫だと思うけど他にもつけとく?」
「…俺が後で様子を見に行く」
「おいおい土方さんよ、またろくに寝てないだろ?わざわざあんたが行かなくてもいいじゃねぇか」
「沙汰決めは早い方がいい。見ることも大事だ。獲物はとってあるな?」
「おう」

原田が袋に入った刀を土方に差し出す。

「なんかすげぇ大事なもんらしくてな?気をつけて扱って欲しいとよ」
「そうか」

刀を受けとり、土方はそっと袋から出す。そしてわずかに鞘からだす。

「…なかなかいい小太刀だな…古そうだがしっかり手入れもされてやがる」

そう言って刀を戻し、そっと立てかけた土方の眉間のシワはすこし消えていた。いい刀を見るとこんな風になるのはいつものことだと三人は静かに微笑む。
しかしこれでなにかが変わるわけではない。

「とりあえず、明日の朝集まるよう他の奴らにも伝えとけ」
「りょーかい」

原田、永倉、平助の三人が部屋を出る。
土方はそっとため息をついた。

「めんどうなことになったな…」

殺さないようにするにはどうしたもんか…と悩む。報告どおりなら大人しい奴だそうなので、暴れはしないだろうから大丈夫か?と鬼と呼ばれる土方にしては甘い考えを巡らせる。

次の朝、目撃者である千鶴がとてもしたたかで、この先腹の中が真っ黒になる強い味方であり敵になる相手とは思いもせずに。

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