お話

□2話
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世の中は残酷で理不尽だと、教えてくれたのは母だったか、父だったか。千鶴は走りながらそんなことをぼんやりと考えていた。
千鶴と薫が3歳になって少しすると、里が人間に襲われた。
里に住む一族は殺されて、父も母も殺された。そして今、千鶴と薫は手をつなぎ懸命に走っていた。
周りは火の海と化している。

薫「千鶴!がんばって!にげ、なきゃ!」
千鶴「う、ん、とうさまとかあさまの、ためにも」

2人でボロボロ泣きながら、山へと走る。逃げないと、逃げないと殺される。
そう思いながらも千鶴の中では別のことがぐるぐると回っていた。

千鶴「(私は、このことを忘れて生きてた。本当に悲しいし苦しいし、人間が、憎い…薫は、ずっとこんな気持ちをかかえてたの…?)」

千鶴は前の世の自分を殴りたくなっていた。人間を憎み切ることはできそうにもない。けど、自分は苦しいことを忘れて能天気にくらしていて、薫ははっきり覚えたまま生きてきた。
あんなに能天気だった自分を、薫を1人にした自分を殴りたい。
そんなことを考えながら走ったせいだろう。

千鶴「あっ」
薫「千鶴!」

千鶴は転んでしまった。薫と手が離れる。
千鶴は慌てて立とうとするが、うまく立つことができない。
そうこうしているうちに火が段々千鶴に迫ってきていた。
決心して千鶴は薫に叫ぶ。

千鶴「薫、さきにいって!」
薫「え、や、やだよ!千鶴、そんなのやだ!」

案の定、薫は首を横に振る。しかし千鶴を待っていたら薫まで危なくなってしまう。だから千鶴は、薫に嘘をつく。初めての、嘘を。

千鶴「薫、大丈夫、あのね、こうどうおじさんいるでしょ?あのね、やまにいるの、だから、よんできて」

もちろん千鶴は綱道がどこにいるか知らない。やまにいるなんてでまかせだ。でも、見捨てて逃げるのではなく、助けを呼ぶという形にすれば、薫は言ってくれると考えたのだ。
そして、薫はすこし躊躇ってから
絶対たすけにくるから!と走って行った。
1人になった千鶴は立ち上がろうと試みる。しかし痛い。3歳に擦り傷は相当痛いようだ。さらに、煙もそうとう吸ってしまっていた。

千鶴「どうしよう…このまま…しんじゃうのかな…」

ボロボロと涙はとめどなくながれる。平和に静かに、ただそれだけを祈ってみんなで暮らしてきたのに、どうして、どうして!
そんな気持ちが千鶴を襲う。憎むことは間違いだのと抜かしていた前の自分が馬鹿らしく思えるほどに。

千鶴「薫…薫…おねがい、こんどは、あなたがわすれていいから、だから、しあわ、せに…」

体力もなく、煙も吸っていた千鶴は、そのまま意識を失った。

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