短中編

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「純さん」
「あンだよ御幸」

そもそも御幸が話しかけてくる事自体珍しいのだが、スポーツドリンクを呷りながら用件を待った。

「…純さんって千歳のこと好きだったりします?」

盛大に吹き出した。

「おま、いきなりんな事聞いてんじゃねー!」

噎せ返りながら吠える伊佐敷の態度で御幸はほぼ確信した。ついでに頬が赤いのが決定的だ。あぁ、やっぱりな。と思いながら息を吐くと、落ち着きを取り戻した伊佐敷が口を開く。

「…悔しいがその通りだけどよ、それ聞いてお前はどうすんだ?」
「どうもしませんって。ほっとしたんです、あんな人でもちゃんと人に好かれるんだって。千歳はわざと悪役に回って丸く収めようとするところがあるから、ちゃんと分かってやれる人が近くにいなきゃきっと駄目になる」

お前が言うか、と伊佐敷は内心で突っ込みを入れた。

「純さんなら安心して任せられそうですね」
「…ちょっと待てなんか話でかくなってねーか?」
「え、何か違いました?」
「違…う、つったら不誠実だけどよ、まだそこまで考えられねぇ…つーかまだ言ってねぇし」

まだ告白すらしていないと言うのに、付き合うどころかその先のことなど考えられるわけがない。一応この雑念は隠している、言える時期が来るまでこの想いには蓋をしているのだ。

「…純さん、俺でも気付いたんだから千歳が気づかない訳無いっすよ」

御幸の一言は伊佐敷の思惑をぶち壊していった。



食堂に集まったのは2年の数名、伊佐敷の呼びかけによる緊急会議だった。議題はそう、あの件である。

「正直に言ってくれ。気付いてたヤツいるか?」
「…純、あのさ、俺達もそうだけど文月も普通に気付いてるから」

あっさりと結論を出した小湊の発言で、伊佐敷は「やっぱりかぁーーー」と脱力し机に突っ伏した。

「そりゃあ、文月と話すだけであんだけ見られればな…」
「バレない方がおかしい」
「俺は初めて知ったぞ。純は文月が好きなんだな、出来ることなら協力する」
「哲には期待してねぇよ」

ド天然のニブチンなんだからよ、と心の中で付け加える。増子の腹が同意するかのようなタイミングで鳴り、腹で返事をするな!と総ツッコミの嵐だ。かくして、秒速で終わった伊佐敷的大会議は小湊の悪ノリで、プロポーズ大作戦に路線変更となった。

「ここでポイントなのが、文月がダダ漏れな純からの矢印を嫌がってないってとこだね」
「マジか!」
「脈アリだな」
「あいつ、自分と話してる相手に向けられてる純の視線が嫉妬だって気付いた上で、何か仕掛けて来ない限り気づかない振りするとか言ってるし、好感度はそれなりに貯まってるはずだよ」

なにやらゲーム的表現ではあるが、話を聞く限りでは信憑性はある。浮ついたことに淡白な印象はあるが、それを否定しないと言う点はなかなか悪くはないはずだ。案外いけんじゃねーの?という話から、告白のセッティングにまで飛んだ辺りはさすが男子高校生と言うべきか。近いうちに実行する方向で会議はまとまったのだった。




『それで、要件は何かしら』

放課後、西日の差し込む、誰もいない教室、これだけお誂え向けのセッティングはないだろう。今がテスト前で部活のない1週間で良かったと頭の片隅で思いながら、目の前に腕組みのまま立って小首を傾げる千歳を見据えて呼吸を整えた。

「…単刀直入に言うけどよ。俺は…、お前が好きだ」

そのたった7文字を口にするのに、一時間くらい使ったような気もするし、ほんの数秒だったかもしれない。千歳は特に目立った反応もせず、ただ夕日を取り込む窓ガラスを背にして目を伏せていた。

『知ってるわ。貴方が私に対してそういう想いを抱いてる事は。それで、私はこの場合何て答えれば良いのかしら?想いを告げられて終わりだなんて、ありがとう、としか言えないわよ』

千歳あくまでにこやかに、そしてあっさりと伊佐敷の告白を受け取った。そして答えを導き出すためのヒントのような文言を言い連ねて返した。その勝気そうな笑みに気圧されそうになるが、踏み留まって次の言葉を発した。

「だから、付き合ってほしい」
『誰と?』
「俺と」
『どういう風に?』
「そ、れは…」

一言で言い尽くせない問いかけに口篭り、緊張してうまく動かない頭をフル稼働させて言葉を探した。自慢ではないがあまり語彙力に自信はない、少なくとも千歳ほど言葉を多彩に操れる可能性はない。千歳は小さく笑みを零して歩み寄り、考え込む伊佐敷の頬を両手で挟むと、少し背伸びをして薄い唇に同じものをそっと重ねた。触れるだけの、子供騙しのようなものだった。

「…は、」
『こういうことができる立場になりたいって言う意味かしら』
「おま…っ!いきなり…不意打ちは卑怯だろ!?」

初めから余裕の欠片もなかった伊佐敷は動揺したことにさらに羞恥を覚え、耳まで赤くした。最早夕日のせいだという言い訳も役に立たない。そんな状態にからからと笑う千歳に、伊佐敷は投げやりな言葉で返答を迫った。

『さて、ここで貴方に一つ問題を提示するわ。設問1、「この時の私の気持ちを答えなさい。」考慮時間は24時間、ただし、中間回答の有無は問わないものとする。明日の同じ時間に答えを聞くわ』
「は!?ちょ、おい文月!」

質問に質問で返すの変則型のような返事を残して、千歳は伊佐敷の脇をすり抜けて背を向けた。毅然とした態度はいつものことながら、謎の態度を取った千歳に困惑する伊佐敷は、教室の外に消えていく背中を捉えることも忘れ呆然と立ち尽くした。一体何をどうしたら告白の返事があの設問になるのか。奇才を持った人間の考えることは本当に分からない。

冷静になって考えれば、千歳の出した設問の答えは驚くほど単純で簡単なことだ。その事に気付いたのは、夜も更けて日付が変わろうとした頃だった。



End

(背を向けた振りをして)

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