短中編

□そんな青春求めてないです。
1ページ/1ページ

「カオス・ブレイブ」のサブヒロインの話です



これはまだ文月千歳が漫画研究部で平部員をしていた時の話である。
この頃の部活では、部員たちの間ではよく特定のキャラの考察会が流行っており、千歳も積極的に参加していた。原作コミックスを持ち出して、「このシーンのこの発言は、こちらで描かれている過去からしてこういう考えから生まれたものだろう」とか、「このキャラの性格上この行動にはこういう意図があるはずだ」とか、まぁこじつけがましい事もいろいろやってきたのだが、結果的には総じて「尊い」と言いながら机に突っ伏すか天井を仰ぐ事になるのだ。
それだけであれば、純粋に作品を楽しんでいるという主張で通るのだが、そこで留まらないのが千歳を含め部員の殆どが分類される腐女子というもので、ここから先の話は戦争なので割愛する。
そんな彼女達の悩みは、いかに周囲にこの趣向を隠し擬態するかという点である。千歳も表面上ではなんの変哲もない女子生徒を装っているのだが、時折、クラスメイトが爆弾を投下する。この学年には、容姿に恵まれた生徒がなかなかにいる。思いも寄らぬ彼らの行動に脳内で発展させてしまうのが、千歳の悪い癖。その為、我に帰る度に机に頭を打ち付ける姿はクラスメイト達にとってもはやお馴染みだ。

「文月ってさ、面白いよね」

唐突にそんな言葉を千歳に投げかけたのは、先日の席替えで隣の席になった小湊亮介。男子にしては小柄なものの、気の強さと持ち前の毒舌のせいでクラスや部活内では割と恐れられていたりする。敵に回したくない人物上位には入賞してくるだろう。もちろん千歳もそう思っている側の人間であり、新たな席が決まった際は死を覚悟した。
密かにこの学年の魔王と呼んでいる。本人には絶対に知られてはならない認識だ。
そんな人物から突然のその言葉、千歳の脳内はパニックを起こしそうになっていた。

『お、面白い…とは?』
「なんかコロコロ表情変わるし、突然真顔になったと思ったら机に頭打ち付けるし、何考えて生きてんのかさっぱり分からないとこ?」
『え、私そんな奇行してる?少なくとも一般的で収まる事は考えて生きてるよ』
「そういう返答もちょっと面白い」
『そ、そう?』

始業の鐘がなってしまったために会話はそこで途切れたのだが、それ以来少しずつ言葉を交わすことが多くなっていた。隣同士の強みだろうか。

『そういえば小湊君、この前の練習試合惜しかったね』
「あぁ、見てたんだ?」
『たまたま通りかかったら試合してて。私野球ってあんま詳しくないけど、見入っちゃってて結局最後までいたよ』
「へぇ。まぁ負けたのは仕方無いね、まだチーム自体出来上がってないし。上が抜けた穴はやっぱ大きいよ」
『秋も秋で大変なんだ…』

2年目の秋、二軍以下控えの1年生も含めた新チームが形になるまで時間のかかるもの。しかし聞いた話では、主将は満場一致ですんなりと決まったらしく、そういう代は強くなる。そう言われている。とは、もちろん小湊から聞いた話だ。
こうして言葉をかわすことには多少慣れたのだが、これと言って仲良くなった訳でも無く、クラスメイトの域は出なかった。席が離れてしまった後は、ほんの挨拶程度を時折交わすのみだった。わざわざ席まで行って話し込むほどの共通の話題も無いわけで、一過性のものに過ぎなかった。
千歳は依然として部活に趣味に時間を費やし、冬になる頃にはすっかりこの時のことなど抜け落ちていた。何しろ原稿で死んでいたからだ。
そうしていつの間にか、季節は巡り春になっていた。
一つ上の学年、新しいクラス、疎らに変わったクラスメイト、高校最後の1年がスタートした。

『今年はB組か…』

部活メイトであり、元クラスメイトの友人とは離れてしまったのが悔やまれる。はてさて、このクラスで自分の性癖に理解を得られる者は存在するのか。最悪一年間ぼっちライフを送ることになる可能性を危惧する。

「あれ、文月もB?」
『へ?』

扉に手をかけたところでかけられた声に情けない声と共に振り返る。

「奇遇じゃん」
『こ、小湊君…え、まさか』
「同じクラス。まぁ一応、今年もよろしく」
『…嘘やん』
「マジ」

事実は小説よりも奇なり、とはよく言った物だ。せいぜい去年のように、大した会話もせずに日常が回っていくだろうと思うことでその場をやり過ごした、のだが。
それは唐突に起きたのである。

『…なぜ、アレがここに』

休み時間になるや否や、教科書を借りるべくA組の友人の所へ駆け込んだその後、自分のクラスへ戻ると、部活の後輩が何やら面白いことになっていた。完璧な土下座を披露する目の前には仁王立ちの小湊。そして野球部で割と目立っている2年生レギュラーの2人が事の成り行きを見ていた。
そしてややあって後輩含め3人が教室を出ていくのを見届けた後、千歳は聞かざるを得なかった。

『あの…うちのバカが何か粗相を…?』
「あ、九十九って文月の後輩だったの」
『漫研だから変人の集まりだけどね。で、五十鈴がなんかやらかした?』
「ゾンビ化してたからとりあえず正気に戻してみた」
『ゾンビ!?』

小湊が例の悪友コンビから聞いた話によれば、五十鈴が無期限の御幸絶ちを強いられおかしくなったそうな。もともと頭のおかしい後輩だとは思っていたが、予想を遥かに超えた変人だったというわけだ。

『って言うか、さっきすごい呼ばれ方してなかった?亮ちん先輩って…』
「うん、かなり気持ち悪い」
『バッサリと』

しかし言葉とは裏腹に、何となく面白がっているようにも思えた。悪ノリさせたらきっとえげつないだろうなとぼんやり考える千歳だった。

そして、いよいよ夏を目前にした梅雨明けの暑い日、千歳は例年と変わらず漫画原稿を机に広げるのだった。新しいクラスでなんとかできた友人達には、急用以外で話しかけないで欲しいと告げて、追い込みをかける。二本の原稿の内一本はネームから全て考えなくてはならないのだ、ネタが出ないと頭を抱える姿は不思議と馴染んでいた。

『五十鈴と要がコンクール用のネタ書いてくれるし、上がる前にネームまでは終わりたい…』

ぶつぶつと独り言を発しながら、白の目立つ紙面と向かい合う。

「あれ何?」

小湊は普段から千歳とつるんでいた女子に、彼女を指さして問いかけた。

「この時期はいつもの事らしいよー。漫画描くんだって。前に見せてもらったけど千歳って絵上手いの」
「ふーん」

漫画というと、チームメイトの伊佐敷が所持している少女漫画くらいしか馴染みはないが、そういう類なのだろうと完結した。
千歳が紙と鉛筆を持っていたのは初めの一週間程度。それ以降はノートPCと見慣れないタブレット式の機材を持ち歩いており、昼休みになると早急にどこかへと向かう事が多かった。10分休みになると同時に、小湊は千歳の元に向かった。

「文月さ、いつも何してんの?」
『え?えー…あの、あれ…原稿』
「漫画?どんなやつ?」
『えっ……いや、…オコタエデキマセン』
「何それ、やばいの?」
『いや!年齢規制ものはまだ描いてないから!…あっ』
「へぇ」
『違う!違うの!ほんとそういうのじゃなくて!』
「別に文月にどんな性癖あっても気にしてないけどね」
『嘘や!絶対引いてるやん!ほんと違くて!』
「気にしてないから」

喋る程に墓穴を掘りまくると言うのはまさにこのことだろうか。

『って言うか、なんだかんだで小湊君って妙に私に絡むよね。なんで?そんなに弄りやすいカモなんです?』
「弄りやすいって自覚はあるんだ?」
『そんなつもり微塵もないけど!?』

やっぱりこの人は魔王だ。大魔王だ。複雑な表情で目を逸らした。

『オカシイって…ワタシがイジラレルとかオカシイし……キャラジャナイシ』
「…さっきの答えだけど」
『ナニ』

もはや精神にガタがきているような喋り方になっている千歳に、小湊はトドメと言わんばかりに爆弾を放り投げた。

「文月が好きだからだよ」

文月千歳の思考回路はそこで停止した。



End

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ