短中編

□ダブルヘッダー
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世間一般的に見れば、私、文月千歳の行いは決して良くは映らないだろう。一夫一妻制の現代日本における結婚観念に基づいてか、交際においても同じことを求める風潮は、恐らくどこにでもある。
そんな中、私は現在二人の異性と同時交際を継続している。
ここで誤解しないでもらいたい。これは当事者全員が合意の元であるということを念頭において欲しい。

そして今現在、その二人を向かいの席にファミレスで飯をつついている、いわば俗にデートというものをしているわけで。

「あのさ、千歳」

おもむろに手を止めて口を開いた御幸は、隣の倉持と目配せした後言葉を続けた。

「今更どっちか選べとは言うつもりはないんだけどさ…」
「せめてまとめてデートすんのはやめねぇか?」
『やだ』
「即答!」

言わんとしていることは分からないでもない。そりゃあ同時に付き合っているとはいえ、どちらともそれなりの雰囲気でいたいだろうし、2人きりというシチュエーションの方が好ましいのは分かっている。だとしても、この形で通しているのも理由くらいはある。

『だって、結局は2人ともオフになるのは同じだし、毎回どっちが行くとかで揉めるのも嫌でしょ。それに、仮に別の日にデートしたとしてもそっちは一回分でも私は二回の出費になる訳よ。いくらバイトしてるって言ってもそんなに稼いでるわけじゃないし』
「それは千歳が割勘って言うからだろ。俺らは全部出してもいいとは思ってるけど」
『それは私が嫌なの。2人は部活で忙しいしバイトなんて出来ないの分かってるから、私の分なんて出してほしくない』
「…千歳の気遣いは分かるけどよ、彼氏としては複雑っつーか」
「まぁ…この状況になってるのも我儘みてーなもんだから、あんま言える立場じゃねーけどさ」
『いや、これで助かってるのはあるよ。ぶっちゃけあの時、どっちか選べって言われなくてよかったと思ってるし、私のせいで2人が気まずくなるのは嫌だったから』

あの時は確か、特に何もない昼下がりだった。
それなりに話す仲で、3人で集まるのはごく自然の事だった頃。すぐ近くで女子のグループが所謂恋バナというもので盛りあがっていたのが聞こえて来た。
自分にはなんとも無縁な話だと思っていたところ、倉持が、些細な忘れ物でも思い出すかのようなごく自然な口調で

「そういや俺文月のこと好きだわ」

と突然爆弾を投下したのである。それを聞いた瞬間私は驚愕したのだが、それに対して御幸が何ともないように零した言葉にも翻弄されたのだ。

「倉持も?俺も文月の事好きだなって思ってた」

何だこのドラマのような展開は、と混乱した思考を余所に嫌に冷静な感想が他人事のように浮かんだのをよく覚えている。私はしばらく硬直した。そして口をついて出てきた言葉は思ったよりも平淡な声をしていた。

『私も2人の事好きだと思う』
「友情じゃねーぞ」

すかさず勘違いの可能性の芽を摘む倉持に、私もはっきり答えた。

『分かってるよ。付き合えって言われたら断らないくらいには恋愛感情はある、と思う』

むしろ付き合うと言うことをしたところで、今と何が変わるのだろうと考えたが、恐らく変わりそうにない。変えていくだけの時間は、今のこの2人にはないのだから。
まぁ、御幸は見れば分かる通り整った顔立ちをしているし、余計な一言は多いが良いと思ったものにはとことん尽くすようなタイプだ。倉持も目つきは悪いが、粗暴な印象はあるものの根は優しいのだ。面倒見も良い方だから、そのギャップにやられるのも分かる。
つまりは、好きになる理由としては不足しない要素はあると言うこと。

『正直、倉持と御幸にそんなこと言われるとは思わなかったけど…どうするのこの状況』

現状としては三角関係になり兼ねないのだが。

「どうする?倉持」
「どうするも何も…」
『言いだしっぺ倉持なんだから何とかしようか』
「丸投げかよ。あー…じゃあ、3人で付き合うか」

異論は無かった。

「まぁ拗れるよりはいいよな」
『倉持らしい案だね。私はそれでいいけど、本当に良いの?御幸は』
「うん。だって倉持と喧嘩したら確実に俺死ぬし」
「お前は俺をなんだと思ってんだよ。つーか、どっちと付き合うか決めろって言われても文月困るだろ」
『あーうん、そうだね。選べないと思う』
「さーすがー、洋一くん彼氏力高ーい」
「気持ち悪ィ言い方すんな」
『確かにね。倉持、私なんかで妥協していいの』
「お前が良いんだよ」
『ねぇ待ってなんでそんなかっこいいの』

少女漫画の王道的返答に不覚にもときめいたのはなんとも懐かしい話だ。
そんな付き合い出した頃の事を思い出していたら、目の前の2人は何やら話し込んでいた。

「そうなると海外しかねーな」
「いや、外国行ったとしても認められてんの一夫多妻だろ」

『待ってなんの話してんの』
「このまま付き合ってくとしたらの話」
「日本じゃ重婚とかねぇしな」
『え、やだなんかガチっぽい』
「千歳は遊びのつもりだったのか?」

何気ない御幸の一言に、私は言葉に詰まった。本気でこの関係が続くなんて思っても見なかったのだ。この先を考えてみたら、どう考えてもいずれ別れることになるのだろうと、心の奥底では思っていた。遊びで付き合っている訳じゃない、けど、将来を約束できる自信も覚悟も、持ち合わせていなかったのだ。

「…なーんて。ちょっと冗談キツかったか」
「御幸…お前ヒヤヒヤさせんな」
『え、あ…なんだ、ドッキリね』
「千歳動揺しすぎ。もしかして本気で考え直した?」
『そりゃあ、いきなりあんな事言われれば』

しかし、本当に良いのだろうか。合意のもととはいえ、どちらか選べずにいる私にも問題があるように思える。だからと言って答えを出してしまう事もできずにいる。いっそ、それぞれリスタートした方が、少なくとも2人の為になるのではないか。

「あ、そうだ。さっきの本気で考えるならさ、同性婚と一夫多妻両方認めてる国行って、俺と千歳で倉持に嫁げば良いんじゃね?」
「何でそうなんだよ!」
『あ、なるほどその手があったか』
「これ名案じゃね?」
「アホか!千歳はともかくなんでお前まで嫁に貰わなきゃいけねーんだ」
「え?でも俺料理出来るし、すぐにでも嫁に行ける腕はあるぜ?」
『じゃあ御幸にご飯作ってもらう。私働くし』
「お前乗り気なのかよ。家事できねーのか?」
『壊滅的に。掃除くらいならぼちぼち』
「ははは、俺必要じゃん」
「くっそ否定できねぇ」

斜め上の方向ではあるが話が纏まってしまった。まぁそんなことが可能であればの話なのだが。
そんな淡い未来予想図を描いて、私は心を決めた。いや、この場合腹を括ったとでも言うべきか。どちらにせよ、決心したのだ。だがそれを切り出すには間が悪く、倉持が席を外したところだ。

「なぁ、千歳」
『何?』

暫くして不意に御幸が話を切り出した。肘をついて視線を落としたままで。こういう時は長めの前髪と眼鏡のせいで表情が読みにくい。

「本当の意味で将来考えるならさ、俺千歳からは身引くわ」
『……何それ』
「俺さ、千歳は勿論だけど倉持にもちゃんと幸せになってもらいたいんだよね。さっき言ったみたいなことが本当にできる保証なんてないし、俺が引いて丸く収まるならそれでいいと思ってる。二人が幸せになってくれれば俺は十分だし」

いつもの悪巧みしているみたいな顔して言う。一体普段何考えて生きてるんだと問い詰めたくなるような内容を、世間話でもするような口調で。

『…何でそんな話になるの。遠まわしな別れ話でもしてる?』
「そうじゃねーって。千歳のことは好きだし今の関係も全然苦じゃない。ただ、たまに不安になるんだよ。今上手くいってるのは作れる時間が限られてるからで、部活引退して時間ができるようになったら変わるんじゃないかって…そうなったら、千歳は選ばなくちゃいけなくなる時が来るだろ?けど千歳は優しいから、どっちかを選ぶなんてできない。きっと凄く苦しむだろうから…ようは困らせたくないんだよ。それを俺が身を引くことで避けられるんなら、それが一番良いかな、って…思ってた訳ですよ」

口を挟む暇もないくらい饒舌に語る御幸は、結局自己完結してしまっていた。なぜ、そんな未来を断定してしまうのか。言葉を紡ごうとした時、いつの間に戻ってきていたのか、倉持が御幸の頭を引っぱたいた。

「アホかお前」
「倉持…いつから聞いてたの」
「《たまに不安になるんだよ》辺りから」
「ほぼ全部じゃねーか」

倉持は眉間に皺を寄せたまま御幸に向き直って言葉をぶつけた。

「何が、自分が引き下がれば解決するだよ。そんなん全部テメーのエゴだろうが。一人で勝手に不安になって、勝手に悩んで、勝手に自己完結してんじゃねーよ。お前が身を引いた時、千歳がお前を選ぶつもりだったらどうすんだよ」
「それは……、倉持はどうするんだよ」
「そん時はそん時だ。俺が言いてーのは、千歳の気持ち無視して話進めんなって事だよ。第一お前、野球以外で人を好きになったの千歳が初めてだって言ってたろ?只でさえ他人に関心ねぇお前がこの先そんな奴と会えるかも分かんねーのに、簡単に言ってんじゃねぇよ。人の幸せ考える前に自分の事考えろ」

倉持も、根本的には優しいのだ。近しい人の幸せならいくらでも願えるから、自らそれから遠ざかろうとする御幸を放っておけない。超のつく程お人よし。御幸も御幸で、本気で分からないと言うようなきょとん顔をしているから、心底面倒くさい。

「そもそも、お前がいねぇと始まんねーんだよ、俺らは」
『そうだよ。御幸に構ってないと調子狂うし、放っといたら一人になろうとするし考え過ぎだし面倒くさいしなんかもうホントめんどくさいけど』
「なんで2回も言うの」
『それでも御幸がいないと物足りないし』
「…慰められてんのか貶されてんのか分かんねーんだけど」

思った事をズケズケ言うのは誰の影響かなんて分かりきっている事だ。先程言いそびれた決意を、今この場で投下する。

『それに私、もうどっちかを選ぶなんてことしないから』
「…へ?」
『2人まとめて愛してやんよ』
「やだなにこの子かっこいい」
「千歳男前かよ」

そんな一言の後、誰ともなく吹き出して、いつもの教室にいる時のように笑い合った。店側からしたらいい迷惑だろうが、こればかりは仕方ない。主に声が五月蝿いのは私と倉持だけなのだが。
御幸はと言えば、普段よりは幾分あどけない笑顔を浮かべている。もう今回のような考えには至らないだろう。いや、そうでなくては困る。
私達はお互い、誰も手放すことなんてできやしないから、欠けてはいけないから、いつか終わりが来る時まではせめて、このままでいたいのだ。周囲に理解されなくても、歪な関係だと思われても、これが私達にとっては、最善の答え。
もう迷うことはない。

ひとしきり笑いあった後、いい加減ドリンクバーで粘るわけにもいかず、ようやく席を空けたのだった。

『次どこ行く?』
「どこでも。お前の行きたいとことか」
『御幸はどっかある?』
「俺に聞いたらもれなくバッセンだけど」
『色気ないなぁ…じゃあゲーセン行こ』
「お前も大して変わんねーじゃねぇか!」

なんだかんだでじゃれ合いながら過ごすだけで満足だ。今のところは。



end

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