短中編

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千歳からの救援要請を受け、頭の中を整理する。よほど神妙な顔をしていたのだろう、部屋の前で立ち止まっていた俺を現実に引き戻した御幸が不思議そうな表情でこちらを見ていた

「どーした?こんなとこでつっ立って」
「…丁度いい、オメーも来い」
「は?」

恐らく俺が単身で向かったとしても出来ることは限られている。せめてもの、という思いで御幸の腕を掴んで寮を飛び出した

「ちょ、何なの倉持!」
「ゆっくり話してる暇はねぇ!」
「じゃあ簡潔に!」
「千歳が拉致られた」
「何で!?」

そんな事俺が聞きたい

「って言うか、それなら警察に言えばいいじゃねーか。つーか何で知ったの」
「サツならとっくに動いてるってよ。千歳本人から直接聞いた。本格的にテレパシー飛ばしてきたんだよあいつ」
「いやだったら尚更倉持も俺も行く必要って」
「うっせぇな行かなきゃいけねー気がしたんだよ。つーか…」

助けてって言われて、何もしねー訳にはいかねぇだろ。その言葉は寸での所で飲み込んだ

「…はぁ。警察が出てるって事は事件になってんだろ?千歳ちゃん何て言ってた?」
「お前…」
「知り合いが拉致されたなんて聞いたら知らないふりなんてできねーし。そんだけだからな」
「…今度なんか奢るわ」

普段は他人の事なんて気にも止めないくせに。ろくに事情も言わずに引っ張って来たと言うのに。予想外の返答にやや驚きつつも、礼の代わりの口約束を取り付けた
そして、先ほど受け取った千歳の思念の中身を口頭で説明する

「千歳の話によると、銀行強盗に出くわして、犯人グループの逃走のために人質にされたらしい。今はどこかの廃ビルに監禁されてる…」
「人質…災難だな」
「犯人も用意周到で、逃走用の車は全く同じものを数台、囮に使って警察撒いたってよ」
「なるほどね…差し詰め今はその囮になってる仲間を待ってるってとこか」

御幸は要約した話を聞きながら携帯を操作する。信号待ちで止まってるからいいものを…
そして何かを見つけ俺に画面を向けてきた

「もうトップニュースになってる。中央銀行の強盗犯、居合わせた女子高生を人質に拉致して逃走中」
「こっからそう遠くねぇな」

信号が変わると同時に走り出す。被害にあった銀行で大体の位置どりは掴めた。囮が四方八方に散っているなら、本命は早々に追跡を逃れ比較的近い場所に潜伏してる可能性はある。件の銀行のある通りは大きいが、その近くには路地の入り組んだ繁華街の名残がある。そこなら千歳が言っていた廃ビルに当てはまる建物もあるはずだ

『―洋ちゃん…』
「(千歳!無事か?)」
『―大丈夫!』
「(よし。千歳、今いる位置から外の景色とか見えるか?)」
『―頑張れば、なんとか。勘づかれても困るからあんまり身動きできないけど…』
「(見えたもの言ってくれるだけでいい)」
『―うん…えっと、斜め左の向かいに赤い大きな看板がある…雀荘、かな。あと、その近くに電器屋さん。それから、地面までの距離からしてあたしがいるのは多分3階…飛び降りて逃げるのは無理そう』
「(それぜってーやるなよ!?待ってろ千歳、助けに行くから)」
『―…うん。無茶はしないで』

落ち着いた風ではあったが、不安感が垣間見えた。当たり前だ、あいつの状況を考えれば

「…雀荘と電器屋な」
「千歳ちゃんから?」
「ああ。その二つを見つけて、近くに廃ビルがあればそこだ」

とは言っても、この繁華街崩れの地理はほとんど無い。闇雲に探しても無駄足使うだけだ
携帯を引っ張り出し、この通りの名前と雀荘を併せて検索をかける
候補は絞れた。赤い大きな看板という点だけ見れば数も多くない

「倉持、千歳ちゃんの居場所が分かったとして、どうやって助け出すつもりだ?」
「んなもん…」
「乱闘騒ぎだけは起こしてほしくないからな。先輩たちの夏壊すようなことはするなよ」
「…分かってる」

俺だって出場禁止にはなりたくない。派手な事をするつもりもない、昔のように腕っ節だけで解決させるのは無理がある
やるとしても、千歳の監視の目だけ。奴らも千歳が言葉を発せないと思っているだろうから、それほど厳重に見張っているとは思えない。あわよくば接触せずに奪還できるかもしれないが、もしもの時は…正当防衛になるよな

「あった、あれだな」
「小さい電器屋も向こうにあるぜ」
「ってことは…この辺が見えるのは」

反対側の建物の列の中から、劣化が激しく使われている気配のないビルを探し3階付近に目をやる

「いた。あそこか」

窓の端に僅かにはみ出した人影で確信した

「御幸、お前は警察に事情話して呼んでこい」
「え、倉持は?まさか一人で乗り込むとか言わねーよな」
「言うつもりだけど。心配しなくても怪我する気はねーよ、奴らと接触する気もねェ」

俺の返答に御幸は複雑そうな顔をする。俺が諦めそうにないのを察してか、溜め息をつくと無茶だけはするなと釘を刺し来た道を戻っていった

例のビルに入り込み、足音を潜めながら進む。注意深く進んでいるおかげか、自分の足音は猫の歩みのように全くしなかった
内装も酷く荒れており、ひしゃげた扉が開け放たれたままになっていたり、鉄骨が剥き出しになっている壁も見かける。人の気配もまるで無いように思えた

「(話し声…犯人達か)」

2階に差し掛かった時、閉ざされた扉の向こう側から微かな人の声がした
彼らも身を潜めている以上、馬鹿に大声を出す訳もない。悟られぬように極力気配を殺し、近辺を通り抜ける。小さなコンクリートの欠片が擦れた時には肝が冷えたが、何者かが現れる様子もなく事なきを得た
そして辿りついた3階、見張りらしき人影がない事を確信して、もはや扉が床に倒れている一室を覗き込んだ

「!…千歳!」

ここで感づかれる訳にはいかない、声を抑えたまま呼びかけた
この近辺まで来た頃から連絡が付かないので多少の焦りはあったが、見たところ眠らされていただけのようで一先ずはほっと胸をなで下ろした
目立った外傷などもなく、このまま離脱できれば万々歳だ

「千歳。おい、起きろ」

やわく肩を揺すれば、千歳の長い睫が僅かに震え、ゆるゆると瞼を持ち上げた

『―…ようちゃん?』
「ああ。言われた通り、助けに来たぜ」

一人この状況に置かれて不安だったのはあるのだろう。瞳を潤ませながら微笑んだ

「今縄解くからな」
『―うん』

何かのためにと拵えておいたカッターナイフで、硬く縛られた縄を削っていく。胴と椅子を括っているものと、手首を拘束しているもの2箇所。縄自体は丈夫と言う程ではないが、緩んだ部分から鬱血の痕が見えるくらいにはキツく縛られていたらしい
そんな素振りを微塵も感じさせなかったと言うのは大したのもだと称賛するしかない
そんなことを考えながら麻縄を削り切った瞬間、事態は急変した

『洋ちゃん!』

千歳の声が、確かに鼓膜を震わせた

それに気付いたのも束の間、千歳は自由になったばかりの身で俺に飛びつき、支えさせる気皆無と思われる力でその場から2m程左方向へ俺諸共倒れ込んだ。背中に衝撃を受けるのと、銃声が聞こえたのはほぼ同時だった
…銃声?

「チッ…ネズミが入り込んだと思ったら」

不機嫌そうな聞き慣れない男の声
こんな所に現れる見知らぬ人間、そして手にしている得物からして間違いなく今回の犯人グループの一人だろう
全く気配に気付けなかった。千歳が押さなかったら、あの弾丸の軌道…確実に脳天に被弾していた事だろう

「(くっそ、最悪だ)」

ただの喧嘩なら大人相手でもやれないことはない。だが、こいつは殺傷能力が格段に上…いくらなんでも分が悪すぎる。それに…

「…千歳はここにいろ」
『洋ちゃん…』

こいつを傷つけさせるわけにはいかねぇ。まぁ、既にさっきのが掠めて頬から血が滲んでるから、頭に「もうこれ以上」と言う前置きが付く訳だが

「ガキの癖に肝が据わってやがるな。ヤンチャでもしてたのか」
「……」

千歳から距離をとっても、奴の銃口は俺に向いたまま。そりゃそうだ、人質なら一人で十分、それも弱い者に越したことはない。向こうにしてみれば少なくとも先に片付けるなら俺だと思っているらしい
しかしどうする。こちらからは少なくとも間合いを詰めなければ打つ手はない。それに対して相手はいつでも命を奪える凶器を既に準備している
くそ、御幸はまだか
奴は依然として銃を構えたまま動かない。いや、じわじわと距離を詰めて来ている。薄暗い中で的を外さないためか。どちらにせよ、入口付近を空けてくれるのなら隙を見て千歳だけでも逃走してくれ
諦めてる?そういうつもりじゃねぇけどな。けど誰が見たってこんなん、絶望的じゃねーか

とうとう窓際まで後退させられた。相手との距離はもう3mもない
惜しいな、一瞬でも隙が出来れば関節技極めてやんのに
他人事の様にそんなことを考える。危機的状況に逆に冷静さを増すこの感覚、グラウンドでも感じたことのあるあれだ。変な力みが一気に抜けて、良い当たりができる、あれ
いける気がする

「倉持!」

突如響いた御幸の声に、俺はもちろん目の前の男もそちらに意識が移った。ピストルを構える姿には一切の迷いが無く、男は銃を向ける対象を俺から御幸に変える。撃たせるわけがない
俺は一足飛びで間合いを詰め、やつが銃を持っていた右腕に十字固めを極めてやった
体格差はそれなりにあるが、そうそう抜け出せるものではない
観念しやがれ

「最後の一人だよ、アンタ」

ピストルを持て余したまま告げた御幸の一言で、他の仲間が取り押さえられたことを察する。御幸がここに居るということは、やがて警官もここに駆けつけてくるだろう
それを聞いた男から抵抗しようとしていた力が抜けた
これで俺たちにできることは終わった。あとは千歳の頬のかすり傷と拘束の痕を手当してやるくらいだ

「さてと」

後のことは大人に任せて俺たちは撤退するか、と口にしようと矢先、御幸は何を考えたか、男の額に銃口をヒタリと当てた

「おい御幸!」

流石にそれはまずいだろう。その言葉は喉に引っかかって出てこなかった
御幸は寒気がするほど冷たく笑っていて、正直、この男に銃を向けられた時よりも背筋が凍った

「こんな事に俺の大事なやつら巻き込んどいて、のうのうと生きてられると思うなよ」

撃鉄を起こすと、レンズの奥の眼がスウッと細める

「地獄で詫びろ」

吐き捨てるように呟き、そのままトリガーを引いた

乾いた音が響き、男は力なく伏せた。しかし、予期していた滴る赤はそこにはなく

「はは、気絶しちゃってんじゃん」
「…御幸、お前」
「ん?今のは空砲。ほら、体育祭とかで鳴らしてるやつ」
「は…、ビビらせんなバカ野郎!ホントに殺る気かと思ったじゃねーか!めちゃくちゃ殺気立ってるしよ!」

ごめんと軽く流す御幸はもう普段と変わらない様子だ。そして駆けつけた警官に先ほどのリボルバーを返し、事情聴取を受けることになった

「千歳」
『ばか!』

第一声でいきなり馬鹿は流石に傷付くぞ

『心配したんだから…、あのまま洋ちゃんが撃たれちゃったらって、怖かったんだから…!あたしのせいなのに…、そんな事になってたらあたし…』
「…悪ィ」

千歳が涙を流すのは珍しい。昔から涙腺は硬いやつだったから、一人で恐怖と戦っていた時も泣かなかったのはすぐに分かった。自分の危機よりも、俺の危機の方が不安で、緊迫していたのか

「って言うか千歳、お前声出せてるじゃねぇか!なんで急に…」

すっかり聞き慣れた声だったから、肉声だということを見落としそうになった

『そんなの…知らないよ、ばかようちゃん…っ!』

涙声のままそう零しながら千歳が俺に抱き着くもんだから、少しばかり動揺した。お前、人の気も知らねぇで…

『洋ちゃん…、好き』

唐突にも程があるだろ、とは言えなかった。堰を切ったように千歳は語り出したからだ

『あたし…ずっと前から、洋ちゃんが好きなの。でも、あたしの声はどこにも届かなくて…洋ちゃんには聞こえてたけど、それはただぼんやりした思念ってだけで…口で紡いだ言葉なんかじゃなくて…っ。だけど、この言葉だけは自分の口で伝えたかったの。本当の言葉を、本当の自分の声で…だからあたし、隠してたんだよ…洋ちゃんには、全部を通して聞いてほしかったから。…洋ちゃんにとっては、あたしに構ってくれてたのは同情かもしれないけど、あたしはそれに甘んじてたあの頃が嬉しかったし、一番幸せだった。洋ちゃんのそばにいられるなら、理由になるならあのままでも良かった…でもそうじゃなかった。あたしは、洋ちゃんが好きだから…ずっと一緒にいたいんだって、思った。それが叶うなら、いっそ声なんて届かなくてもいい…テレパシーなんて要らないって、そう思った』

顔を見せないまま続く千歳の独白を、俺は黙って聞いていた。

『さっき…洋ちゃんが撃たれそうになったとき、勝手に体が動いてたの。自分を引換にしてでも守らなきゃって思った。そしたら自分の口から声が出てるから、びっくりした…。その後は心配で心配でしょうがなかったけど…やっと、言えるんだって思ったら、なんか泣けてきて…』
「…珍しいもんな、お前が泣くの」

ようやく返せた言葉はそれだけ。千歳の告白に対する答えを用意しようにも思考がまとまらない

『洋ちゃん…、あたしがこうやって話せるようになったから、構ってもらう理由無くなっちゃったけど…あたし、まだ洋ちゃんの事好きでいてもいい…?』

なんでこう、見当違いな言葉を選ぶのか。俺が本当に同情だけで一緒にいたと思ってるのか?たったそれだけでこんなとこまで助けに来ると思ってるのか?恐らくこんな事を言っても、千歳は「だって洋ちゃんは優しいから」としか言わないだろう
それでは意味が無い

「馬鹿野郎、理由なんてなくたって好きでいろよ。今まで…昔みたいに俺の隣独占してろよ。俺は千歳以外にその権利渡す気ねーから、その代わりお前の隣も俺が独占してやる。だから、ンなフラれる前提みたいな告白してんじゃねーよ」
『洋ちゃん…』
「好きだ、千歳」

抱き締める手に僅かに力が篭った。未だに顔を合わせていないが、その微弱な変化を強く感じられた
勘違いなんてしようもねぇだろ

『…ありがとう。大好き』

心は繋がった。



end
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