短中編

□守人
1ページ/2ページ



もうすっかり履き慣れたパンプスを鳴らし、いつもとは違う道を歩く
夏の盛りも過ぎた、残暑の残る9月のある日
千歳は実習先の敷地へ足を踏み入れた
フェンス越しの野球グラウンドを遠目に見ると、かつての自分を思い出す
リトルリーグ時代は4つ下の従弟と一緒に白球を追いかけていたが、集団に馴染めなかった千歳は実質3年で止めてしまった

懐かしい思いに浸りながら、青道高校の門を潜った





私が野球に触れていたのはもう10年も昔の話だ
そんな自分には今現在年下の、野球馬鹿とも言える恋人がいる
今の年齢からすると大分犯罪の香りがするものの、出会ったのは中高生だったと言う事で勘弁してほしいところだ
当時はそんな感情など持ってはおらず、それこそ弟のように思っていた。従弟と同じくらいだった彼をそんな風に思う私を誰が責められると言うのか

今の関係に至るまでの間には、皮肉にも幼かった私が忌避した野球がいつも隣りにあった
思えば出会った頃もそうだった

当時私は高校2年、祖父の家に両親と母の妹夫婦とその子供と一緒に暮らしていた
昔から集団に馴染むことのできなかった私は、時折親族で集まる機会が苦手だった
そのため極力帰宅が遅くなるように、遠回りな道を歩いた

あの日は、いつもとは明らかに違っていた





河川敷の橋の下、人目に付かないようにそれは行われていた
数人の少年たちが、一際背の低い一人の少年に暴力を加えている
これだから集団は嫌いなんだと内心毒吐く
見て見ぬ振りをするのは簡単だが、どうしてかそれはできなかった

『何してるの』

気が付けば止めに入っていて、加害者の少年達は顔を青くして逃げ去った
見られて困る事なら最初からやらなければ良いものを…
怒るどころか哀れにしか思わなかった

『君、大丈夫?』

「…はい、大丈夫です。初めてじゃないんで」

第一印象は生意気な子
それがどうにも危うく見えた

『…ねぇ、君学校どこ』

「は…?いや、あの人達シニアの先輩達だから学校は関係ないですよ」

『あぁ…』

そういえばこの辺りでやってる少年野球団があったか

『とりあえず、手当てしようか』

「別に…帰ったらやりますし」

『それじゃ私が何もしてないみたいでしょ』

「先輩達追い払ってくれたじゃないですか」

『いいから、子どもは年上を頼ってれば良いの』

そう押し切ると近くの学校に入り込み、保健室に上がらせてもらう
幸い保健医は居らず、とやかく言われずに済んだ
以前はよく怪我をしてくる弟分がいたから処置には慣れている

『ん、これで良し』

「どうも」

使ったガーゼ類を処分し、道具も戻して証拠隠滅は完璧だ

「…あの、千歳さん」

『何?』

「どうして、俺なんかを助けてくれたんですか?」

思わず回答に詰まったが、念の為確認する

『笑わないって約束するなら言う』

「笑いません」

『…君が、従弟に似てるから』

私の返答が予想外だったのか、きょとんと眼を丸くした後小さく笑い出した

『笑わないって言ったじゃん』

「ふっ…すいません、そんな漫画みたいなセリフで真面目に返して来るからつい…」

『もう…』

やはり第一印象は間違っていなかった

「千歳さん、今度ちゃんとお礼したいんでまた会ってくれません?」

『え、いいよお礼なんて。当たり前の事をしたまでだし…それに中学生にそんなのさせちゃマズいでしょ』

「俺がそうしたいんです」

ここまで言われてしまうと返す言葉も出ない

結局押し切られる形で連絡先を交換した(と言っても私の携帯番号とメールアドレスを教えただけなのだが)

「じゃあ、休みが分かったら電話しますね」

『うん。待っとくよ』

いつになるとも知らない約束をした
こういう時に携帯あれば良かったのに、と言う呟きは軽く聞き流して別々の道を帰った



数日後、親以外からの着信が殆ど無い私の携帯が非通知着信を告げた
因みに学校だ。携帯持ち込みが禁止でなくて本当に助かる
非通知ではあるが相手は予想が付いていた

『もしもし、一也君?』

「当たり。なんで分かったんスか?」

『ご想像にお任せ』

「はは、そんな風に言われると都合良い方にとりますよ?」

『冗談だよ、何となくそんな気がしただけ』

確信は無かったのは事実だ

『それで、電話くれたって事は休み分かったの?』

「はい。次の日曜、大丈夫ですか?」

『大丈夫だよ、私土日は基本暇だし』

「華の女子高生がそれで良いんスか?」

『野球漬けの中坊には言われたくないなー。最初なんて小学生かと思ったよ』

「う…どーせチビっスよ!けどすぐデカくなるし」

『ふーん?それは楽しみだね』

「千歳さん、性格悪いですよね」

『やだなーちょっと捻くれてるだけだって』

まだ二度目の会話だが、自然と話が続くのはなぜだろうか
どこか心地良かった





あの電話から迎えた週末、日曜

待ち合わせた駅前に、指定した時刻の10分前には到着した
我ながらどれだけ楽しみにしてたんだと笑われそうだなと自嘲した
さすがに日曜日なだけあって、人通りはそれなりだ
果たしてこの人並みの中背丈の低い姿を見つけられるのか
手持ち無沙汰に意味も無く携帯の待ち受けを眺めた

『あと5分…早く着過ぎたな、暇だ』

時計も見飽きたのでパタンと機体を折り畳む

「千歳さん」

自分より背の低い待ち人が呼び掛け、現実に引き戻された

『あ、一也君。定時5分前とは真面目だね』

「待たせるのは悪いと思って。結局待たせちゃいましたけど」

『まぁそうだね、たかが5分だけど』

「でも千歳さんが変なのに絡まれてなくて良かったです」

『なにその心配。私大して可愛くないし、ナンパなんてされた事ありません』

「まぁ千歳さんは普通って感じですよね」

『…なんだろう、人に言われるとムカつくね。否定できないから』

「でも俺そういう人のがタイプっスよ」

レンズ越しの眼が本気だ

『あれおかしいな、中坊に口説かれた気がするよ、幻聴かな』

「…そー来ますか」

『さてと、ぼちぼち行きますか』

名目は先日の礼という事になってはいるが、実質出かけに来ているだけだ
気儘に歩いて買い物でもしたりという、在り来たりな休日デートのようなものである


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ