短中編

□想いの届く先
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これの続き



どうしたものか、あれから2週間が過ぎたがまだ一向に答えは出ていない
ここのところ、気がつけば比叡の事ばかり考えていていつも読んでいるスコアブックの内容も頭に入ってこない始末だ

「はぁ…」

肝心の比叡は結局何も言ってこないし、会ったとしても普段通りの対応だ
溜め息も吐きたくなる
俺自身、あいつをどう思っているかも曖昧で…いや、ハッキリさせたくないだけかもしれない
俺は怖がってるだけだ。この感情を認めて、変わってしまうのを

「何だよお前、辛気臭ぇ顔して」

「倉持か…別になんでもねーよ」

「んな訳あるか。説得力ねぇぞ、そのひっでー顔」

「…ホント、よく見てんなお前。お前のそういうとこ嫌い」

「で、何かあったのかよ」

俺の台詞は無視か
あ、でも一瞬眉間に皺寄せたから癪に障ってはいたんだろう
しっかし、なんて説明する?同級生の男に告られましたーなんて、さすがのこいつでも笑えない冗談くらいに思うだろ
それも、俺自身嫌な気はしてない
こればっかりは本当に謎だ
確かに恋愛経験なんて無に等しいが、付き合うなら女子が良い、そう思うくらいにはノーマルだと自負してる

「おい」

「あ…悪ィ考え事」

「余裕ねーな。そんな悩むことなのか?」

「そりゃあ…まぁ、悩みたくはなる」

ホント、どうしたら良いんだ俺は
嫌じゃないなら付き合えば良いはずなのに、あいつからはそんな言葉聞いてない
単純に付き合ってくれと言われただけならこんな悩むこともなく断るか付き合うかしてたはずだ
比叡もせめてどうしたいのかくらい言ってくれりゃいいのに

「…重症だな」

「はは、違いねぇ」

思い悩む俺が余程奇妙なのか、倉持はまぁ頑張れと肩を叩いて席に戻っていった
何を頑張れって言うんだ、お前は





御幸に告白してから2週間が経った
返事はまだない
実際のところ、平常心でなんていられない
本当は強引にでもあいつの口から返事がほしいと思っている
でも返事は待つと言ったのは俺の方だ、急がないとも告げてしまっている
今さら急かすのは格好悪い
だから極力、普段通りに接している
けどそろそろ、限界かもな

『逮捕されたらどうしよ』

「な、いきなり何を言い出すんだよ比叡…」

『あ、声に出てたか?』

「うん、かなりびっくりした」

曲を聞きながら歌詞カードを眺めていたはずの川上が俺の無意識の独り言に引いていた

『いや…無理矢理手ぇ出したら悪いから自制はしてるんだけどな、抑えが利かなくなったらどうしようかと』

「比叡彼女いたの?」

『彼女っつーか…返事待ち』

「へー、因みに誰?」

さすが、女っ気の一切無い野球部。こういう話には目敏い

『…川上なら言っても良いか。御幸に告った』

「へぇ…え、え!?」

『うん、予想通りの反応だ。一瞬女子かと思ったろ』

「思ったけど!えー…比叡って御幸が好きだったのか…返事待ちってことはフラれてはいないんだよな」

『そうともとれるけど、全く脈無しっぽかったからな…』

「いや…御幸は付き合わないなら即行その場で断ってるよ。今までだってどんな美女にも野球しか考えたくないからって即答してたって聞いたし」

誰に聞くんだよそんな話を

「でもそっか、だから御幸、たまにボーッと比叡の事見てたのか」

『は?そんなことあったっけ』

「数は多くないけど」

それは知らなかった
練習中のグラウンドも分かれているのに、まさか俺を気にしてくれているとは

「だから悪い結果にはならないと思うな、俺は」

『…そっか』

自信、持って良いのかな
気持ちを伝えたかっただけなんて、断られたときの布石でしかない
本当は、すぐにでもあいつを抱き締めて俺に振り向かせてやりたい、触れたいし、惚れさせたい
男を本気で好きになったことなんてこれが初めてだ、どうしたら良いかなんて分かる訳がない
俺はその不安に負けて逃げただけだ
逃げて、臆病な告白をしただけなんだ

『俺、もう一回告白する』

「うん、頑張れ比叡!」

持つべきものはよき友達だな
今度は逃げない。自分の気持ちを全部御幸に伝える
お前の隣を、俺だけの場所にしてほしいって





代わり映えのしないグラウンドで、俺は一人比叡を待っていた
珍しく投球練習に付き合ってくれと言い出した川上が、比叡からの言伝てだとここで待っていてほしいと告げてきたのだ
そう言えばあの二人は同じクラスか
しかし、比叡の方から動きがあるとは以外だった
俺が答えを出すまで何も言ってこないつもりなのだと思っていたから余計にだ
あまりにも返事が遅いから撤回でもするのか
だとしたら、ここ最近の悩みが晴れるというもの

「…?」

ツキリと心臓が痛んだ

あれ、俺今、嫌だって思った…?

なんだこれ、めちゃくちゃ不安になってる…嫌われたかもって…比叡相手に…?

嘘だろ…これじゃまるで、俺が比叡の事を…好きみたいじゃねーか

『御幸』

「っ…」

よりによってこのタイミングでかよ

眼が合った拍子に思わず逸らした
情けねぇ…比叡はとことんいつも通りなのに、俺だけが焦ってるみたいに

『御幸、一つ聞いてほしいことがある』

「…何だよ」

やっぱり無かったことにしてほしいって、話なのか?
そんなの、嫌だ
気付くのが遅すぎたかもしれないけど、俺は…

『俺、やっぱり』

「言うな」

言葉の続きを聞きたくなくて思わず制止した
やっぱり、の後にはどう考えても否定の言葉しかあり得ない

「…何なんだよ、ホント…こんだけ人の事悩ませといて…おかげで気付いたらお前の事ばっか考えてるし、部活の時だって探しちまうし…おまけにお前が誰かと楽しそうに喋ってるとこ見るとモヤモヤするし、でも笑ってる顔見れて嬉しいとか思ってる自分もいて…意味わかんねーよ」

もう駄目だ
涙腺が緩んで、視界が霞んできた

「今更だろ…こんなこと今頃気付いたって、お前の事が好きなんて…今更…っ」

涙が零れ落ちる前に手で拭う
きっと情けない顔をしてるだろうから背を向けた

『御幸…泣いてるのか?』

「っ泣いてねぇ…勝手に出てくんだよ。もう、ほっとけよ…嫌いになったんならもう構うな…」

比叡は押し黙った
どんな顔してるかなんて見る余裕もなく、俺は勝手に溢れてくる涙を止めるのに精一杯だったから、微かな砂利を踏む音聞き逃していた

『御幸』

すぐ近くで聞こえた比叡の声と、背から全身に伝わる自分以外の温もり

「なん、だよ…。比叡…?」

肩と腰に回された腕を見れば、抱き締められているのは優に分かる
それでも何が比叡にこうさせているのかが分からない

『ごめん、泣かせるつもりじゃなかった。さっきのな、やっぱりお前が好きなんだって言いたかったんだよ』

「は…?」

『嫌いになんてならねぇ。むしろそんなこと言われたら余計好きになるだろ』

つまり、どういうことだ。泣いたせいで頭がうまく働かない
俺の早とちりか?
じゃあ、もしかして俺、物凄く恥ずかしい発言したんじゃねーか?

『御幸、そんなに俺のこと好きなのか』

「バっ…違ぇよ!」

『…照れた顔も可愛いな、お前』

「―っ!」

こいつは真顔で何言ってるんだ
男がかわいいなんて言われて嬉しいわけないだろ、俺も何でときめいてんだ

顔の熱が引かない、それに比例するように心音が早まる
これはもう認めるしかないのか

「…―も、……」

『ん?』

こうなりゃヤケだ
赤いままの顔を見られるのは癪だから抱き付いて耳元で言ってやった

「俺も、好きだよ。要…」

横目で見てやれば、耳まで赤くなっていた
自分のことを棚にあげて内心で笑う

『御幸』

「わ…」

引き寄せられ、先程より強い力で抱き込まれた

『やべぇ…俺、今超幸せ』

髪に添えられた手付きは優しかった

「…大袈裟なやつ」

そう言いながらも要の背に腕を回す俺も大概だと思う

完全に絆されたような形だが、不思議と悪い気はしなかった
結局お互いどこがどう好きなのかは相変わらずはっきりとは言えないが、それでも良いと思えた



end

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