短中編

□君に涙は似合わない
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「で、劇の方は順調?」

『まぁ、形にはなってマス…』

千歳が文化祭で公演する物語のヒロインに選ばれたことは聞いていたが、ある時を境にまた俺の元に来るようになった
それまでなくなりつつあった相談会が復活しているのだ

『もうあたしやっていけないよ!練習中でもこんなじゃ本番前に心不全で死んじゃう!』

「そんなことで死んだら世の中のリア充死滅するから」

『そんなことじゃないもん!一大事だもん!』

「分かったから。結局何が無理なの?」

『うー…春くんが、いつもと違うから…』

「…劇なんだから当たり前」

『だって!あの恥ずかしがり屋な春くんだよ!?真面目な顔であの眼してロミジュリ張りのこっ恥ずかしい台詞言うんだよ!?もうあたしが爆発しちゃうよ!』

「髪上げてるの?春市」

『そうだよ、切るのはさすがにかわいそうだけど軍人っぽさは出したいからって片側だけオールバックみたいに…』

思い出したらしくまた顔を赤くしている

「軍人ねぇ…千歳はどんな感じなの?」

『あたしは公爵家の令嬢…ってあたしの事はどうでもいいの!』

「よくないし。まぁ本番見に行けば良いか」

『やめて恥ずかしい!』

見るなと言われると見たくなるのが人の性ってやつかな、絶対見に行ってやろうと思う



そして迎えた文化祭当日
教室棟で一般に開放されているのは3階まで、中には部活や委員会の物資の販売やクラスによる物販や喫茶が展開している
各学年一クラス以上は演劇公演に回っており、講堂で行われる
友人グループでの参加も講堂のプログラムに含まれており、思い出作りの即席バンドなんかもここで演奏する

「さて、本番は一発限りだからしっかりね」

『う、わー…人滅茶苦茶入ってる』

「練習みたいに台詞トチらないでよね?仮にも演劇部が」

『プレッシャー与えないでよ!』

「千歳、落ち着いていこう。最後の通しみたいにやれば大丈夫だよ」

『うん…』

大丈夫だと自分に言い聞かせる
舞台に上がった瞬間から、自分は高校一年の文月千歳ではなくなる
中世ヨーロッパの公爵家の令嬢、キルア・ヴィッセルフォードという娘だ

証明が必要最低限を残して切られ、開演の合図となる
舞台の幕が開けていく



冒頭に映される幼少期の伏線に始まり、時流れて現在軸
《思い出の場所》という舞台の提示
ありがちな物語の幕開けが演じられた

野花が咲き誇った背景の前にキルアは佇み、召し使いのダリアが迎えに来るところからストーリーが進み出す
暗転すると、もう一人の主役、ハルベット・ディアモルフィネに焦点が当てられる
軍服を纏ったハルが現れると、客席からは黄色い声がちらほら飛び交った
そして上官からの命を受け、場面は再び暗転する

場所はヴィッセルフォード家の屋敷
裏手のバルコニーにキルアが立ち尽くし、そこにハルが姿を見せた

『誰…?』

「私です、キルアさん」

『ハル様!』

二人にとっての幾度目かの邂逅
束の間のそれをお互い大切に積み重ねていた
その結果、名のある家柄の娘と一国の騎士とでは許されない関係になりつつある
しかしこの夜、ハルは戦場への出立を告げた
キルアは戸惑いながらも受け入れ、必ず生きて帰還するという約束を取り付ける
そして自分の我儘として、帰還した暁には共に遠くの地へ旅立ってほしいと懇願した

別れ際、二人は抱き合いお互いに愛の言葉を送り合った
囃し立てるような客席の声は、役に入り込んでいる二人には最早届いていないようだ

それから何度か場面転換を繰り返し、ストーリー内の時間経過を物語る
キルアの父、ヴィッセルフォード男爵が偽の伝令を使い、ハルの生死を偽った事で物語は佳境へ差し掛かる
キルアは特別な思い出の残る丘に登り、母の墓標の前に跪く

『なぜ…っ愛した人は皆手の届かない場所へ行ってしまうの…?お母様、私はあの人のいない世界で生きていくことなどできません…!』

涙を落とし、腰に忍ばせた短剣の刀身を己の喉に向ける

『お母様…こんなにも早くにそちら側へ逝く事をお許しください。けれど私は、命果ててもハル様のお傍に居ると誓ったのです…ハル様、私もすぐに…そちらへ参ります』

最後の言葉となるであろう語りの後、短剣を掲げて喉笛を貫こうとしたその時

「キルアさん!」

いないはずの想い人の声が響いた

『!ハル…さま…?』

自分に切っ先を向けた短剣は手から滑り落ちた

「はい。やっと、戻れました…会いたかった、キルアさん」

『本当に…、本当に還ってきてくださったのですか…?ハル様が亡くなられたと言うあの伝令は…偽りだったのですか?』

聞かされた話と目の前の現実との矛盾に、キルアの瞳が不安に揺れる
ハルはキルアの掌を自身の胸に宛がった

「分かりますか、私の心臓が鼓動しているのを…あなたとの約束はちゃんと果たしました。それに、私がキルアをおいて先立てるはずがありませんよ」

『ハル様…っ』

キルアはハルの胸に飛び込み、喜びの涙を一つ零す
そして二人は永久を誓い合い唇を重ねた

舞台はそのシーンのままナレーションが締め括り、幕が降りていく
台本上のキスシーンは振りだけなのだが、千歳は春市の頬に手を添えて本当の口付けをした

「!」

予期していなかった行動に、思考停止に近い状態に陥る
幕が降りきってしまったのが唯一の救いだ

「千歳…?」

『春くん…ごめんね。あたし…春くんが好き…っ本気で、好きなの』

「え…」

舞台の余韻などでは決してない。幕が降りた今、ここにいるのは千歳本人であり、本物の感情だ
不安に揺れる瞳がそれを物語っている

「…ごめん、俺…」

客席から響く歓声にかき消されそうな声で発せられた言葉は、ナイフとなって千歳の心に突き刺さった





一般公開を終え、初日の賑わいも遠ざかった教室に千歳はいた
日も傾き、西陽が射し込む中で床に座り込んでいた

「千歳」

浮かび上がった舞台の上で、見事にヒロインを演じ切った激励でもしようと探していたが、普段の様子とは明らかに違う

「どうかした?どっか痛めたりでもしたの?」

こんな言葉しかかけられない自分が少し嫌になる

『…亮、兄…っ』

か細い、震えた声だった

『あたし…フラれちゃったよ…。悲しくて、辛いのにね…どこかで分かってた…』

誰の事かなんて聞かずとも分かる
あれだけ話を聞かされていれば当然だ

「…何て言ってた?」

『…あたしのことは、幼馴染みとしか思えないって。分かってたのに、春くんがそう思ってたこと…でも、何でかな…涙が止まらないよ』

顔を伏せている膝元はきっと涙で濡れてしまっている
一つの恋が終わってしまった彼女がとても脆く、壊れやすいガラス細工のようで、俺はそっとその肩を抱いた

「無理に止めなくていい。泣くだけ泣いてスッキリして、それから笑えばいいんだよ。千歳が泣き止むまでこうしててやるから」

『亮兄…っ』

千歳は縋り付くようにして、静かに泣いた

その姿を見て、俺だったらこんな思いはさせないと漠然と考える

気付いてくれてもいいんだけどな、千歳に涙は似合わないってこと


(それはつまり、君の笑顔が見たいって意味)


end
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