短中編

□君に涙は似合わない
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基本、恋愛なんて眼中に無い
そう思っていたのは中学まで、高校に入って地元を離れてから漸く自分が恋をしていた事に気付いた
二つ下の、弟と同い年の少女に

しかし、3年しかない学生生活では一緒にいられるのはたった1年
しかもその頃には、自分は先を見据えなければならない時期だ

それ以前に彼女の想いは弟に向けられているのだ
年の違う自分に間違っても向けられないのは目に見えている
叶わない想いならいっそ気付かなければよかったと後悔した

もちろんそんな心情はいつもの笑顔で隠して、彼女にとっての《友人の兄》を演じる

『亮兄、聞いてる?』

「聞いてる聞いてる。ホントさ、俺に春市の事で相談するくらいならいっそ告白すればいいじゃん」

『それができたら苦労しないの!』

「まぁそうだけど」

いくら兄弟の事とは言え、気になっている相手に他の男の事で相談される身にもなってほしい

『亮兄なら春くんのことよく知ってるから…』

「でも俺がこっち来てからの2年分は千歳が一番知ってるだろ」

『そうなんだけど…でも、こんな事相談できるの亮兄しかいないし…』

「友達は?女子ってこういう話好きじゃん」

『だからだよ!噂好きの女の子って情報網凄いんだから!』

「広まってからかわれたくないって?なら今堂々と3年の教室に居座ってるこの状況は気にしないの?」

『うっ…』

「少なくとも進行形で噂されてると思うけど」

『で、でも呼び方からして違うって分かるじゃん』

「さぁ?俺がそう呼ばせてるって言えば変わって来るし」

『…亮兄は彼女さんできたらお兄ちゃんって呼ばせるの?』

「何でそうなるの。気持ち悪い発想しなくて宜しい」

『痛っチョップは止めてよ成長止まる!』

「止まれば良いのに」

『揚げ足取ったくらいで怒らないでよー』

言うほど頭に来てる訳では無いが、千歳の拗ねた顔が見られたので良しとしよう
許しの言葉をかけてやれば、へにゃりと笑って安堵する
こうやって表情をコロコロ変えるところは見ていて飽きないし、好きなところの一つ
好きなやつのいろんな表情を見たいと思うのは普通の事だ
千歳に癒されたところで始業の鐘が鳴る
千歳は短い10分休みだった事を思い出し、自分のクラスに走って行った

「忙しいやつ」

そんな様子にさえ可愛いと思ってしまう辺り俺も重症だ





片想い歴8年、相手は同い年の男友達
それが千歳の現状だった
時期も時期なだけあって、全校生徒は文化祭に向けて活気づいている
このクラスに於いても例外ではなかったのだが、事態は急変した

「あ、千歳ー。今回のキャストなんだけどさ、相手役交代するから」

『えっ何で?』

「やっぱり台詞覚えられそうにないって降谷君が。だから小湊君にやってもらうよ」

『あたしに何の説明もなしに!』

「別に良いじゃん、劇とは言えラブラブ体験できるんだよ?意中の彼と」

『それが問題なんだって!絶対台詞トチる!』

「そーゆー訳で、期待してるよ演劇部!」

『話聞いてよ!』

そう、文化祭でのクラスの仕事は演劇公演
それもベッタベタのラブストーリーである
こういう話には出歯亀精神旺盛な高校生、客の入りは期待できるだろうという見解だ
幸いにもクラスメイトの一部は同じ演劇部員、棒演技は避けられる
だが演技力重視にされたため、満場一致でヒロインは千歳ということになった
問題の相手役は女子がルックス推しで降谷に回ったわけだが、当人は辞退
密かに取られたアンケートの結果、春市に決まった

『(よりにもよって春くん…!演技どころじゃなくなっちゃうじゃん!)』

「千歳」

『は、春くん…』

「えっと、何かごめんね、俺なんかで」

『え、そんなこと無いよ!むしろあたしの方が残念な感じで…』

「千歳は演劇部だから良いんだよ。それでさ、千歳さえよければ練習付き合ってくれるかな」

『…うん!言っとくけどあたしの演技指導厳しいからね!』

「お手柔らかに」

強気な発言は照れ隠しが8割だ
台本にある甘ったるい台詞を自分達が言い合うなんて恥ずかしいどころの騒ぎではない
複雑な心境のまま、文化祭までのカウントダウンが始まった

「衣装届いたよー!キャスト集合して!」

「演出さーん、背景こんなんで良い?色乗っけてみたけど」

「ちょっと手空いてるやつー!小物作るの手伝って!」

文化祭特有の雰囲気がクラス中、あるいは学校中を包んでいる

「はいこれ、ヒロインの衣装ね」

『本格的過ぎない?パーティードレスじゃんこれ』

「そりゃ気合い入ってるもん。小湊君はこれね」

「これって、軍服?」

「そ。うちのお兄ちゃんが昔作ったコスプレ衣装借りてきたの。本人は黒歴史だーとか言ってたけど」

「上条さんの兄貴って何者?」

『明音のお兄さん確か市役所の受付やってるよね』

「私の事はどうでもいいのよ。ほら主役はさっさと着替える!サイズも調整しなきゃいけないんだから」

『鬼監督がいる!』

衝立を置いただけの簡易試着室に押し込められ、衣装を着込む
ついでと言わんばかりにヘアメイクなどもバッチリ盛られた

『ちょっと、試着だけじゃないの?』

「良いの良いの、本番のイメージも作っときたいし。ちゃんと姫に見えるし」

『見えなくて良い!ガラじゃないし!』

「そっちは着れたー?」

『だから聞いてよ!』

都合の悪い話は一切聞かないのが上条明音という女だ

「一応、着れたかな。ちょっと恥ずかしいけど」

「おー男前。サイズも丁度だし問題ないね」

『(すごく見たい…!でもこんな盛ってるの見られたくない!)』

衝立の裏で葛藤する千歳

「それじゃーお披露目ってことで」

抵抗させる暇もなく衝立を取り払った

『ちょ、明音!』

「わ…」

千歳は薄い空色の生地に控えめな白いフリルをあしらい、ラメがちりばめられたパーティードレスを纏い、髪は緩くウェーブをかけてハーフアップにしている

『あ、の…春くん?』

「何か…雰囲気変わるね」

『そういう春くんも』

普段は長い前髪で隠している鋭い眼、それが髪を右側だけ後ろに流しているおかげではっきり見える
大人しい普段の様子と照れ屋な性分からはかけ離れた、奇妙な感覚がする

本番ではお互いこの状態で舞台に立つということになる
それを考えると頬に熱が集まる

『(卑怯だ…っかっこよすぎるってば春くん!)』

「…千歳?大丈夫?」

俯いてしまった千歳に声をかけるが、逆にテンパらせる結果になった

「はーい、衣装を着たところで一回通しであわせるよ!」

総監督を勝って出た明音の指示で、キャストによる通し稽古が行われた
珍しいことに、千歳は役に入り込めずにずっと赤面状態だった



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