短中編

□手は届くのに
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何なんだこの状況は

かれこれ17年生きてきた中で、これほどまで訳の分からない状況に陥ったのは恐らく初めてだ
今し方起きたことを簡潔に表すとすれば、俺はたった今告白されたと言う事になる
いや、こうして想いを告げられること自体は珍しい事ではない
むしろ慣れていると言っていい
自分がそれなりの容姿をしている事は自覚しているし、それこそ入学当初は言い寄られる事も多々あった
しかしながら俺は生活の9割近くを野球に割いている訳で、一般論として上げられる青春と言うものはこれまで無縁だった
だから「その気がないから」と言う断り文句は言い慣れている

ただしこれらは、相手が女だった場合の事に限る

回想していた意識を戻して改めて認識すると、やはりこの状況は異例なものだ
目の前にいるこいつは、同じ部活の、しかもチームメイト
つまり男だ
寸分の狂いもなく、自分と同じ性別で生まれた人間である
どう返事をすればいいかなど、今の俺にはさっぱり見当が付かない
そもそもこれはどういうことなのか
誰かに囃立てられて言っただけなのか、それとも

『御幸』

返答に詰まっている俺をどう思ったのか、目の前の男…比叡は一言付け足した

『俺、本気だから』

これでもう「冗談だろ」という躱し文句が使えなくなってしまった
こんな事なら先に言ってしまえば良かったと考えたが、それこそ言い竦められて受け入れざるを得なかっただろうと諦めた

「…あのさ、」

『返事はいつでもいい』

考えさせて、と苦し紛れに言おうとしていた言葉を遮られ、代わりに都合のいい言葉が返って来る

『…知っておいてほしかっただけだから。気にしないのは良いけど、無かった事にはしないで』

「…あぁ」

時間をおいて、忘れた振りをするのも許してはくれないらしい

比叡はそのまま俺の横を擦り抜けて教室へ戻った
人通りの少ない会議室前の廊下で座り込み始業の鐘を聞いた

「…どうしろってんだ」

告げられたのは、比叡が俺を好いていると言う事だけだ
これまでの経験上、その後に続くような言葉は一切なかった
「付き合う」と言う告白の先にある関係をあいつは言葉では望まなかった
「好きです、付き合ってください」「ありがとう、でもごめんなさい」
そんな簡単に解決するなら何も問題はないはずなのに

「何で俺なんだよ」

冷静に考えると、肝心な部分を何も聞けなかったことに気付く
容姿は兎も角、性格は自分でも分かるほどに捻くれている
同じ野球部なら尚更そんな事は知っているはずだ
好かれる要素など見出だす宛もない

考えれば考えるほど分からなくなる

そもそも、自分自身の事もよく分からなくなっている
比叡に想いを告げられた時、変な嫌悪感や不快感は何もなかった
相手が興味のない女子だった時でも後者は一定量あった訳だが(苦手の部類に入る女に関しては凄まじいが)、なぜだかそれを全く感じなかった

「…嫌じゃなかった、ってか…マジ意味分かんねー」

考えすぎて段々思考がぼやけてきた
知恵熱でも出しているのかもしれない
俺はひとまず考える事を放棄して保健室に向かった
物理的に頭を冷やした方がいいだろう





1時間分をふいにして、何とか学業をやり過ごして部活へ向かう
俺は1年時からレギュラーに収まっているのに対し、比叡は2軍だ
練習中にそれほど関わることがないのが唯一の救いだ
まだ整理しきれていない状態で、どんな顔して話せばいいのか分からないでいる
とうに自主錬を始めている比叡を見つけたが、遠目に見る限りではいつもと何ら変わらないように見えた
自分ばかりが悩んでいるようで溜め息でも吐きたくなる

「(ホント何なんだよ)」

曖昧な気持ちに振り回されるのは癪なので、一時頭の隅の方に追いやる事にした

練習に支障を来さなかったのは、完全に忘れていたからかもしれない
部活後の休息の時に鉢合わせたおかげで昼間の一件を思い出した

「比叡…」

『お疲れ、御幸』

口調も態度もいつもの比叡だ
本当にそんな気があるのかすら疑わしく思える

「あ、のさ…昼の事だけど」

いきなり過ぎるとは思ったが、相手の方が唐突だったから問題ないと勝手に自己完結した

「何で、俺なんだよ」

『…それは、好きになったのがって意味で?』

返された問いに頷き、続けた

「お前、何も言わなかったよな。理由くらい聞かねぇと考えようもないだろ」

今までならこんな事を聞く手間も省いて断っていたところだが、今回ばかりはどこかおかしい
半分言い訳のような言葉に返ってきた答えは予想を見事に裏切った

『理由とか、なきゃいけないのか?何で好きになったのかは、何となくってのが一番あってると思う。嫌なところはスラスラ出て来るし、どう嫌なのかも言える。でも、それを含めて好きなんだ。だから、理由なんて無い』

比叡は真面目な顔で、ドラマのセリフ張りの直球を放ってきた
ワケも無くただ純粋に好きだ、なんて歯の浮くような台詞は俺には到底言えない
この場合、俺はどう言葉を返したらいいのか
考えようとしても速まり出した鼓動のせいで思考が纏まらない

何でこんなに心臓が煩いんだ
感情のベクトルがどこへ向いているのかも分からない

いつの間にか視線は爪先に落ちていた
比叡はまた返事は急がないと言い残し、手を伸ばせば届く距離を擦り抜けて行く
その背を見送りながら、掻き集めた気持ちの断片が答えになって届けばいいのに、と思った





end

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