短中編

□放課後の第2理科室
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一人でふらりといなくなるには屋上がベストだ
学校での自殺が世間的に問題視されてからというもの、普通は立ち入り禁止にされているが、それはつまり人が来ないという事だ
そんな場所を見回りの警備員がわざわざ確認することもなく、誰かが施錠を解いてからはそのまま放置されている

それ以来は、ここで告白なんかをしたり授業をサボったり昼食をとったりと、すっかり学生のメッカになっている
本当に一人になりたい時には少し行き辛いことになってしまったが、実際このような場所がもう一つある
その存在すら知られていない、地下の第2理科室だ

高校最後の夏が終わってから、約3ヶ月
俺は暇さえあればそこに通いつめている

教室のある2階の廊下を突き当たり、外付けの非常階段を降りる
地上の階段のすぐ脇の扉を開ければ唯一地下に延びる階段があり、その奥に使われなくなった教室が一つだけ
青道はそれなりに伝統のある学校だ、耐震工事やら改装工事やらで隔離された空間となってしまった
そんな場所をわざわざ他人に教えるほど、俺は広い人間ではない
冬場の屋上よりもずっと居心地がいい

錆びかけの引き戸を開くと、先客が机に伏せて何か作業をしていた
驚くことはなかった

「やっぱり居たね、千歳」

先客、彼女は作業用のゴーグルを額まで上げこちらを視認した

『亮介』

「また何か作ってたんだ」

『あぁ…甥っ子にね、飛行機のラジコンがほしいってせがまれてさ』

「へぇ。それでこれ?」

『まだ塗装してないけど、機動部分はあらかたできてるよ』

「さすが。千歳は万能だね」

『そんなことない。できないことの方が多いし、ただの趣味の一貫だし』

「それでもさ、俺からしたらすごいと思うよ」

『…あんたにとっての野球と同じかもね。スポーツとかよく分かんないけど、あんたは純粋にすごいとは思うし』

「そうかもね」

千歳は無表情で何考えてるか分からないけど、素直な人間だ
言いたいことは言うし、言われたことにも思ったままに返してくる
それでいて聡い部分もあるから、会話に困ることはない
しかし、町工場の作業場にでもいたかのような雰囲気はいったいどこから出ているのか
以前聞いた話によれば、家が修理屋で簡単な手伝いで商売の一部を担っているからだろう

『ねぇ、亮介』

「何?」

『あんたはさ、卒業したらどうするの?』

「唐突だね。…まぁ、普通に大学行くけど」

『そっか』

「そう言う千歳はどうするの」

『…家の仕事継ぐかも。大学の研究室辺り出入りしながら』

「安定してるんじゃん」

てっきり進路を決めかねて聞いてきたと思ったが、そうではなさそうだ

『でもさ…よく考えたらあたし、JKらしいこと全然できなかったんだよね』

「…興味ないんだと思ってた」

『そりゃあ人並みには、夢見たりはしてたからさ』

普段機械と戯れている千歳にそんな相手がいる光景は想像できなかった

『似合わないって思ったでしょ』

「バレた?」

『まぁいいんだけどね。どうせ婚期差し迫ったら見合いでもさせられるだろうし』

他人事のように溜め息を吐く

「…じゃあ、俺にしない?」

気が付いたらそう口走っていた

『亮介…?』

「あ…、ごめん、忘れて」

『…あんたが良いならいいんだけど』

どっちともとれる返答に聞き返すことはできなかった
沈黙が流れる中予鈴が鳴り、その日は会うことは無かった



それから卒業まで、第2理科室に通ってはいたが結局あの話にはっきりと区切りがつくことはなかった
お互い何も言わず、今まで通りを貫いたのだから当然だ

「こんな日までここにいるんだ」

『そういう亮介だって、わざわざ来てるじゃんこんな所に』

「そりゃあもう最後になるだろうし」

『そうだけど』

この日を限りに、ここに来ることも千歳に会うこともなくなる
それを寂しいと感じるのは、俺の本心なのか勘違いなのかは分からない

『…帰ろっか』

「そうだね。送ってくよ」

『別にいいけど』

わざわざ悪いと断る千歳を、修理屋に世話になることがあるかもしれないからと言い竦め、肩を並べて歩いた

「ここ?」

『うん。わざわざありがとね、亮介。半年、あんたと話せて楽しかった』

「俺も、千歳に会えて良かった」

その言葉に嘘はない

『じゃあ、バイバイ』

そう言って千歳が背を向けた時、言い知れぬ思いが俺の中に沸いた

「…千歳」

俺は別れ際、千歳を抱き締めた
小柄なのは自覚しているが、少々格好がつかないことはこの際置いておく

『…亮介?』

「俺、やっぱり千歳が好きだ」

『……』

無言でいられると気恥ずかしいんだけど

「千歳?」

抱き締めた腕を解いて顔を見ると、千歳は驚いた表情で赤面していた
無表情が鉄板だった彼女には珍しいことだ
そのギャップで俺は更に心を奪われた

『亮介…今の、ホント?』

「嘘でこんなことしないし、言わないよ」

千歳は俯いて俺に寄りかかった

『…あたしも、多分同じ気持ち…だと思う』

「多分なの?」

『だって、今までこんなこと無かったから分かんない』

「…じゃあ、一回好きって言ってみなよ。言葉にすれば確かなものになるって言うし」

『…好き』

本当に素直だ
そんな千歳が可愛らしく見えて思わずキスを落とした

『ん…亮介』

「何?」

『ちょっと分かったかも、好きになるってこと』

「千歳はどう思った?」

『…離れたくない、もっとずっとこうしていたい。これって好きだからだよね』

正直一概にそうだと断定することはできないが、俺は頷いた

「千歳がそう思うんなら、それが答えだと思うよ。俺もそう思えるから千歳が好きだって言える」

『そっか…初めて知った、好きって気持ち』

この言い方だと、千歳はこれが初恋なのだろう
俺が最初で最後の恋人になるように、もう一度その華奢な身体を抱き締めた
今度は千歳も俺の背に腕を回した

「千歳、これからも会いに来ていい?まぁ拒否権ないけど」

『うん、なくていい。待ってるから、亮介が来るの』

「分かった」

短い約束を交わして、俺は来た道を戻る
自分ではない温もりが消えないように手を握り込んだ



end

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