短中編

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俺はどこかで、文月が強い人間だと思い込んでいたらしい
確かに彼女は、後輩のバカ投手に見倣わせたいほどのポーカーフェイスを持ち合わせているが、それは表面上の仮面であったはずなのだ
あの仮面の裏に隠した本心は、気づかないうちに奥底にしまわれていたようだ

「信用されてねぇのかな、俺」

ここ数日、文月に元気がないように見えていたが、本人に聞いたところで何でもないの一点張りだ

「信用される人望ねぇだろお前、性格最悪だし」

「うるせぇよ倉持」

朝練後の、登校までの空き時間
無意識の呟きに失礼な台詞を返してきやがった倉持に蹴りを入れておいた



これは後から聞いた話だ
移動教室だった授業を終えたあと、千歳は数人の上級生に呼び止められた
その中には以前接触した女子生徒が取り巻きにいたそうだ
内容は以前と代わり映えのしないものだった

「あんた、いつまで邪魔してくれるわけ?」

『私がいつ貴女方の生活を邪魔したんですか?教室に戻りたいので退いてくれませんか』

「すっとぼけんじゃないわよ!」

「前に忠告したこと、忘れたとは言わせないわ」

『…あれですか。覚えてますけど、あなたの一方的な言い分であって、口約束ですらないはずですよ』

飄々とした千歳の態度に業を煮やした女子グループは、手近な空き教室に千歳を強引に引き込んだ
その場面は偶然俺の視界に入っていた

力加減など皆無に捕まれた手首は軽く鬱血するほどで、嫉妬の度合いを物語っている

「ムカつくのよその顔…!何であんたみたいなのが、御幸君に近づいてんのよ!」

『……』

どれだけ数を増やしたところで、所詮は嫉妬心に駈られた醜い女の所業
口を開けば同じことの繰り返しだった
千歳は押し黙る。笑みは消えていた

「っ黙ってないで、なんとか言いなさいよ!」

いい加減、我慢の限界だった
苛立ちを含めて荒く引き戸を開けた

「…何、してんだよ」

「御、幸…くん…」

一番見られたくない人物と場面だったに違いない

「ち…違うの、これは…」

「…離せよ、手」

弁解の余地なんてないだろうに、と内心毒吐くが俺は言及しなかった
上級生たちは弾かれたように、足早に退室した

「…文月、大丈夫か?」

千歳はしばし俯いていたが、顔を上げた時にはいつもと変わらない笑みを浮かべていた
だがほんの少し違和感があった

「文月…?」

『…ありがと、御幸君』

儚い、その一言に尽きるような…

『ごめんね、少し混乱してた。もう大丈夫だから』

「文月…、辛かったら、言えよ。力になれるかはわかんねぇけど」

千歳は少しだけ驚いた顔をしたが、伏せ目がちに笑った
俺はまた、彼女に魅せられた

その日の日暮れに起きた事件を、俺は知るはずもなかった





今朝の新聞は、痛ましい事件を三面で報じていた
ー男子高校生傷害事件
数人の男子生徒が血だらけで路地裏に倒れてるのが発見されたと言うもの
凶器はありふれたカッターナイフで、現場に残されていた
しかし、被害にあったのは他校で問題になっている素行の悪い生徒らしい
同情の声はあまり上がっていないようで、ニュースも細やかに報じるのみだ

大して気を引くものでもなかった事だが、その日の午後、その認識は一変した

「このクラスに、文月千歳さんはいらっしゃいますか」

のんびりとした授業の空気の中、突如舞い込んだその人はあろうことか千歳を名指しした

「(誰だ、あの人…スーツだしサラリーマン風だけど…)」

「文月さん、来てもらっていいかしら…」

生徒指導の教員まで訪れるとは、これは何かあると直感する
千歳は無言で立ち上がり、迷いなく二人に着いていった

「…じゃ、授業を続けるぞ」

「すんません、気分悪いんで保健室行ってきます」

「え、おい御幸?」

足早に撤退し、3人を追いかける
学校関係者を交えての対談なら応接室が妥当だろう

「(にしても、何で千歳に…)」

彼女が呼び出された理由に見当など付かないが、確かなことが胸の内にある


 儚く笑う君が好き
 (―守りたいんだ)
 ((それは君のエゴでしょう))


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