短中編

□淡色の初恋
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2枚目の便箋に目を通すと沢村は固まった
同時に故郷を離れた時を思い返した

「(なんで…千歳、そんな素振り一度も見せなかったよな…あの時だって)」

ふと、もっと早くに聞いていればと思った

「(いや、それでも俺は野球を選んでた…だろうな)」

手紙の続きを読むと、最後は自分へのエールの言葉で締めくくられていた
告白文に関しては、返事は要らないと綴られていた

「(返事要らないって、電話でも聞いたっての)」

先週辺りに手紙を出したとの一報を受けていた
その時は、手紙の返事の事だと思い込んでいたがあれは多分この事だろう

受け取った事くらいは知らせようと、携帯を引っ掴んで部屋を出た

「…なんだあいつ」

同居人は訝るような顔で見送った



「…電話すんのは良いけど、正直よく分かんねーしなぁ…」

引っ掛かっているのは、千歳の記した告白が《好きだった》と過去形になっていた事
そしてはっきりしない自分の気持ちだ

「はぁ…今どう思ってんだろ、俺も、あいつも」

結局考えが纏まらないまま電話をかける
3コール目の半ばくらいで出た

『もしもし…栄純?』

「うん…手紙、今日届いた」

『そっか…結構かかるもんだね』

「まぁ、長野と東京だし…」

『そうだね。そっちはどう?』

「ん、楽しいぜ。合宿はちょっと辛いけど、もうすぐ夏の大会だから」

『大会か…甲子園かかってるもんね、頑張って』

「おう。千歳も弓道の大会あるんだっけ」

『うん、県大会はこの前終わったばっかだけど』

「どうだった?」

『総合2位で、全国進出』

「すげ、良かったじゃん」

『うん。だから、今度…東京行くよ』

「じゃあ、来る時教えて。会えるかも知れねーし」

『分かった。大会期間中に時間開いたら、そっちにも行ってみたいな』

「良いぜ、いつでも見に来いよ」

『ありがと』

不思議と、告白の事は話題に出なかった
懐かしい気分をお互い壊すまいとしていたのかもしれない

「そろそろ夜も遅いし、切ろうか?」

『あ…そうだね、栄純は朝練もあるだろうし』

「千歳の方は、お婆さんもう寝てるよな」

『うん、ぐっすり』

「お前もちゃんと寝ろよー」

『栄純もね』

「分かってるって。じゃ、おやすみ」

『うん、おやすみ』

無機質な音が響き通話が切れる
本当はもっと話していたかったように思う

「結局…好きって何なんだ」

あまりにも記憶に残る態度のままだった
そんな彼女に恋愛感情があるとは、思えなかった

「…余計会いたくなった」

電話口の声を聞いて、姿を見たくなるのは
特別な感情故なのか
謎は未解決のまま夜を明かした





月日は7月に差し掛かった
あらゆるスポーツが大会等で賑わう頃合だ
都心は大きな大会がある度に、地方からやって来る選手らでごった返す
老若男女様々である

『東京って、暑い』

長野は山が多い
地元は絵に描いたような田舎であるから暑さには困らなかった

「暑さにやられて棄権とかは止めてよね?」

『分かってますよ部長さん』

「それより、早く現れないかなー千歳の彼氏!こっちに野球留学してんでしょ?」

『な、まだ違いますよ!』

「《まだ》って事は脈アリなんでしょ?」

『う…無いです!絶対!だって鈍感だもん!』

「でもねぇ、さすがに手紙でコクれば変わるでしょ」

『なんで知って…!明音ぇ喋ったでしょー!』

「だって面白そうだったもん」

大会の会場に着くまでからかわれるはめになった



そしてその瞬間が訪れた
私の人生を大きく変える瞬間が

「千歳!」

大きく響いた呼び声は酷く懐かしかった
目を丸くしながら振り向くと、途端に抱き締められた

「(こ、これが千歳の彼氏か!)」
「(だ…大胆!)」
※驚きながらも空気読んで離れる人達

「千歳…久し振り」

突然の再会に涙腺が緩んだ

『ふ…ぇ、栄純…!』

「な、なぜ泣く!?」

『だって…懐かし、から…!』

「俺もだから、一旦落ち着け、な?」

必死に涙を止める間、面倒な奴だと思われていないか心底心配していた
収まった後、あの話を切り出された

「千歳…あの返事だけど」

『!』

「大事な話だから、直接言いたい」

真剣な眼をしていた
黙って頷くしかないだろう

「俺、馬鹿だし…正直どうしていいか分からなかった。でも、千歳にはいつでも会いたいって思ってる。ちゃんと顔を見て声を聞きたいって」

たどたどしい告白に鼓動が速まる、音が聞こえてしまいそうだ

「好きって事がどういうのか、まだよく分かんねーけど…俺は千歳を一生守りたい。だから」

一泊の後、言葉が紡がれた

「結婚しよう」



『はい…!』

涙こそ流れたが、浮かべた笑顔に曇りはない


突然のプロポーズに部活の先輩達は拍手という名の野次を飛ばして来たものだから、逃げ出そうとするも壁にぶつかりあえなく撃沈

「お、おい大丈夫か?千歳」

『痛い…いろんな意味で』

額を擦りながら、大事な一言を言っていない事に気付く

『栄純』

「ん?」

『…大好き』

たった二言の告白
彼は照れ臭そうに笑った



end


あとがき
キミら、そこ路上ですよ?
そして沢村(バカ)が偽者

オマケ(千歳ちゃんの告白文)
―――――
私、栄純の事が好きだった。
青空の下、あのグラウンドで、何度君に恋したか分からない。
あの時の私は、君を好きでいるだけで幸せだったよ。
―――――
(後略)
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