君恋履歴

□3個目
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他校との試合が行われる土曜
出場する1軍の選手陣は、作戦会議の後に伝統の円陣を組む

左胸の《青道》の文字に手を添え、自らに問い掛ける

「―俺達は誰だ」

「「王者、青道!」」

「誰よりも汗を流したのは」

「「青道!」」

「誰よりも涙を流したのは」

「「青道!」」

「誰よりも野球を愛しているのは」

「「青道!」」

「戦う準備はできているか!」

「「おぉぉ!!」」

「我が校の誇りを胸に狙うはただ一つ!全国制覇のみ!」

全員が青空を指差し、猛る声を張った

「行くぞ!!」

「「おおおおお!!!」」


この円陣を目の当たりにした1年は、憧れを孕んだ眼をしていた

『(良いな、ああいう光景)』

どうやっても、自分はあの中に入ることはない
その事実に少しだけ俯いた

「夏城君」

『あ、春市』

「先輩達の試合見に着いて行くよね」

『…いや、俺は止めとく。試合見たら多分…行きたくなるから、1軍』

「え?」

『あ、気にしないで。自主錬しとくって事』

言葉の真意が読めず聞き返す春市に誤魔化した

「そっか」

深く追及はせず、観戦の部員用のバスへ向かった

『あ』

ふと視線を逸らすと、用具置き場の方によろめきながら歩く春乃を見つけた
抱えているカゴが今にも崩れそうだ

『(何か嫌な予感)』

案の定、少し盛り上がった地面に躓いてぶちまけた

「あー…、またやっちゃった。あたしのドジーっ」

『大丈夫?』

「あっ…夏城くん!」

部活時のままで声を掛けたのでそう返って来た

『手伝うよ』

「え!?い、いいよ、あたしの仕事だし…夏城くんも試合見に行くんでしょ?」

『俺は居残り…、喋る前に片付けようか』

「そうだった!」

恥ずかしいー、という独り言が聞こえた

「そういえば、夏城くんって椿ちゃんと同じ名前だよね」

端から見れば確かに同姓同名だ

『…やっぱり、春乃にはホントの事言っとく』

被っていたキャップを取った

「えっその声、椿ちゃん?」

『うん。だから同一人物だよ、野球部の夏城椿も』

「えっでも、えぇ!?」

遠い存在の選手がクラスの女友達だったとは、驚くのも当然だ

『詳しい話はまた今度ね』

「あ、うん」

用具をしまい終えたカゴは椿が持つ
春乃はなぜかタイヤを引っ張り出し、沢村の方に運んでいった

『タイヤ引いて走れって事?』

遠目で見ていれば、躓いて吹っ飛ばしたタイヤが沢村にクリティカルヒットしていた
ついでに何やら話している雰囲気が少女漫画的な花を飛ばしている

『(入り込めないなーあれは)』

「春乃ー!何してるの、バス出るよー!」

「は、はい!」

『(あ、そうだ)春乃』

「え?」

『試合の様子、よく見ておいてね。後で教えて欲しいから』

「分かった!」

短い口約束をして見送った

『さてと…軽く走って来ようかな』

遠くでタイヤを引いている沢村を一瞥し、邪魔しては悪いと校外へ駆け出す

その間に、この先エース争いを繰り広げる二人が出会うことになるとは知る由もない





暫くのランニングの後、グラウンドに戻って見ればキャッチボールをする姿が見えた

『あれ…って、確か降谷くん』

初日の挨拶では北海道の中学を出身校に告げていた
何か話しながらキャッチボールをしているところを見ると案外仲良さ気だ

混ぜてもらおうと近付くと、あり得ない衝撃音と共に沢村のグローブが吹き飛んだ

『!』

二人の距離を考えても100k/hは出てるのではないか

「ごめん、力加減間違えた」

間違えたのレベルではないような気がする

『沢村、大丈夫か?』

「夏城?平気だけど、お前残ってたのかよ」

居たなら声かけろよな、と愚痴られたがスルーしておいた

『降谷、お前線細いのにえげつない球投げるんだな』

「(細い…)…君、誰だっけ」

『…夏城椿。同じ1年くらい覚えようぜ、まぁ自分意外の投手なんて興味ないって感じだけど』

「うん、興味無い」

『(一応ここに居るの投手希望なんだけどね…)』

苦笑いで返して本題に戻る

『お前の出って北海道だよな。わざわざ東京まで来たのって、もしかして』

あの球威を見る限りでは、並の捕手では受け切れないと判断できる
椿の予想は当たっていた

「向こうじゃ、僕の球受け止めてくれる人いなくてさ。あの人なら、僕の全力投球受け止めてくれるかな」

後半は独り言のように聞こえた

『(ユキなら、そうだろうね)…よし、一回投げてみ』

椿の発言に、降谷はもちろん沢村まで驚いていた



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