ある夜ママになりました。

□03
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最悪だ。
よりにもよって一番知られたくない奴にバレるなんて。

─お前、何か隠してるだろ。

そう確信したように告げられたのがほんの数時間前。それがまさか誤魔化すのに策を弄する間もなく真相が露見することになるとは。あれ、もしかして俺隠し事下手になった?割と何でも上手く隠せる性分だと思ってたんだけど。

「…御幸」

元どころか現役だろってくらいのヤンキー顔で俺の名前を呼ぶ倉持は、それだけで「事情を話せ」と眼が雄弁に語っている。若干の疑いの色が見えてるのは、何を隠そう渦中の涼がそれこそ今にも泣き出しそうな顔で俺にしがみついてるからだ。めっちゃ怖がれてんぞ倉持。だからその顔やめて。と、この状況で口に出したら容赦のない蹴りが飛んできそうだから渋々飲み込み、何度目かになる話を掻い摘んで明かした。

「…それ、隠す必要あったかよ」
「無さそうだなって思えてきた。礼ちゃんと監督にはあっさり話通ったし、唯一知ってる亮さんも普通に馴染んでたし」
「亮さん知ってたのか」

涼が着れそうな服借りれないかなと思って、とは言わなくていいか。今は寮長さんが持ってきてくれた古着もあるから当面は困らないし。

「なんかもう、全員にぶっちゃけた方が良いかな。また見つかるたびに説明すんのも面倒だし」
「その方がラクだろ。しっかし、あの噂の正体がこいつだったのか…俺は見かけたことなかったけど、割と本気でビビってる奴もいたから話といても良さそうじゃねーか?」
「それもそうだな。でも絶対大勢で囲むなよ、涼ビビリだから」

大人も苦手だし、初対面には一定の躊躇がある。あれ、じゃあなんで俺の時は平気だったんだ?涼が倒れてたあの時が初見だったし、一方的に知ってたセンは確実にない。でも目が覚めたときの言動が見た目以上に幼かったのと、記憶がないのも気になる。最初に見た相手だから懐いたとか?まぁ初めに視界に映ったのは多分俺なんだろうけど、そんな生まれたての雛鳥みたいな原理を当てはめて良いのか?今は普通の人畜無害な子供だけど、よく考えてみたら謎だらけだ。

「御幸?」
「え?あ、なに、倉持」
「何難しい顔してんだよ。腹痛か?」
「いや違うけど。明日辺りにでも朝練の時に涼も連れていこうと思ったんだけど、何て言おうかなって」
「親戚の子とか言っとけばいいじゃねーか」
「いや、寮生活の奴に預ける親なんていないだろ。あ、でも案外合理的だな、大勢いるし食事はちゃんとしてるし、そもそも寮自体が学生を預かってる訳だから信用できるもんな」
「…お前どっかの主婦みてぇだぞ」
「よしこれで行こう。サンキュー倉持」

手っ取り早い説明ができるのは良いことだ。まぁ他の事実を既に知ってる3人には後から何か言われるかもしれないけど、俺が親代わりに面倒見てるのは同じだから大した違いじゃないし大目に見て欲しいところだ。

『くらもち…』

おぉ…沈黙を貫いてた涼が久しぶりに喋った。俺が普通に話してるのを見て倉持がそんなに怖くないって気付いたんだろうか。急に呼ばれた方はちょっと驚いたらしい。呼び捨てなのは俺の真似か。

「おう、どうした?」
『…もっち?』
「ん?」
『もっち!』
「なんだよ涼」

語感が気に入ったのか呼びたいだけらしい。それに返答する倉持が、あの特徴的な笑い方と共に名前を呼ぶもんだから涼の表情はぱぁっと明るくなった。やっぱお前ビビりはするけど慣れるの速いな。って、ほんとに親みたいな感想だなこれ。

翌朝、いつもより早めに起きて涼を起こした。朝練の間は寝かしてたけど、今日はワケありだ。寝ぼけながら「まだねるのーっ」とごねた時は折れかけたけど、倉持や亮さんに会いにいかない?って誘うと驚くほどしゃっきり目覚めて「おきがえ!」とテンション高めにクローゼットを物色し始めた。あの二人のパワー何なんだ。
準備のできた涼を連れて行くのは、まずは監督の所だ。いろいろと理由をつけて、寮にいる部員達に涼の存在を公表してもらえるように話を通しておく訳だ。偶然監督室に来ていた礼ちゃんが、部活中はマネージャー達と一緒に涼を見ててくれると言ってくれたから、それに乗った。

『礼ちゃんといっしょー?』
「ええ、みんなが練習してるの見ていましょうね」
『うんっ!』

何度か顔を合わせてすっかり仲良くなったみたいで、涼は嬉しそうにしている。この調子で監督にも慣れて欲しいんだけどな…正直監督が小さい子の相手してるのとかギャップ大きすぎてすごい絵ヅラになりそうだけど。因みに部員達に紹介するのは礼ちゃんが受け持ってくれるらしい。

朝練前の集合の時、監督の挨拶の後で礼ちゃんが涼を連れて約100人の男集団の前に立った。

「寮生は特に聞いてほしいんだけど、青心寮で預かることになった涼ちゃんよ。この子がいる前では、悪い影響にならないように言動には気をつけて頂戴」

詳細がうまい事伏せられてる、と思っている間に、涼が促されて一歩前に出た。

『すずですっ、よろしくおねがいします!』
「「しゃァーす!」」

運動部特有の野太い掛け声に「ぴぇっ」とビクついてる涼を集団に紛れてる俺にはどうすることも出来ない訳だが。連絡はそれだけで、平常通りに朝練が始まった。今日は土曜で授業もないし、涼も他の連中と顔見知り程度にはなれるんじゃねぇかな。…俺完全に親心芽生えてるな。

練習中は普段と大差なかったけど、一部ではちょこちょこ涼のいるベンチを気にしてる奴もいた。10歳前後の子供にかっこいいとこ見せようとでもしてんのか?単純な奴らばっかだな。休憩に入ると、涼が気になって仕方ないのかすごい勢いで周りに人だかりができた。あの最前線にいるのは沢村か、声でけーからすぐ分かるわ。近くまで行って見れば代わる代わる話しかけるから、当の涼は大勢のガタイの良い野郎に囲まれて今にも失神しそうな顔で困惑していた。

「おいお前ら、あんまいきなり距離詰めんな」

そう声をかければ涼からも俺の姿が見えたらしく、緊張が切れたようにぼろぼろと大粒の涙を零し始めた。

『ぅぅぅマ"マ"ぁーーーー…!』
「あー、よしよし怖かったなー大丈夫だからなー」

見た目は10歳前後でも、中身は全然追いついてないんだよな。情緒はまだ幼児だ。こいつらもまさか泣かれるとは思わなかったんだろう、固まってるわ。

「…み、御幸先輩?」
「ん?」

何かと思えば、沢村が信じられない物を見るような目で俺を見てきた。

「いつの間に手懐けたんスか!?」
「手懐けたとか野生動物みたいに言うなって。涼は親戚の子だし」
「「そうだったのか(んスか)!!」」
「うんまぁそう言う事」

事実ではないけどその方が説明つきやすいし、良いか。曲解すれば同じだろ。

「いや待て今なんて呼ばれた!?」

ちっ流されなかったか。別に深い意味があるわけでもないけど。
好きなように呼ばせたらこうなったとだけ言って、これ以上詮索される前に涼を連れてさっさと撤退した。



で、何でこうなる。

『ママ!』
「ようママさん」
「今日も忙しそうだなママさん」
「一児の母も大変だなママさん」
「お前ら一回黙れ」

なんで俺がチームメイトから「ママさん」呼びされなきゃいけないんだ。

「皆さん!根本的な事をお忘れじゃないでしょーか!」
「…沢村?」

まさかこいつらに説教でもしてくれんの?もしそうなら自主錬のあと球受けてやっても…。

「御幸先輩は一児の母である前に我々投手陣の女房ですから!奥さんですから!」
「いっぺん死んでこい」

うん、期待した俺が馬鹿だった。

『ちっがうもん!ママはすずのママだもん!』
「涼もそれ違うからな」

つか、そんな事言ってたら本当の親御さんが見つかった時どうすんだ。涼の特徴に一致する少女の捜索願いは未だに出ていないらしい。涼自身も住んでいた家や親の名前も思い出せないでいる。ただの迷子じゃないっていうセンも疑うべきかもな。

「……」
「ん?どうした降谷」

つか無言で後ろに立たれると割と怖いんだけど。

『?』

涼が不思議そうに見上げると、降谷はしゃがみ込み小さくなって涼を凝視した。心なしか目がキラキラしてんだけど、お前、動物園に小動物見に来た子供かよ。オーラもほくほくしてるし。涼もそのホワホワした雰囲気を察してるのか、全く怖がる様子はない。降谷、オーラだだ漏れでよかったな。無表情でガン見されたら普通泣かれるからな。
暫くその摩訶不思議空間になってた訳だが、その空気を打破したのは涼だった。

『お名前は?』

そして降谷は「喋った…」って顔するな。お前の好きなしろくまとかじゃねーんだから。

「降谷暁」
『さとるくん!』
「うん」

涼には呼び方の規則性が全くない。というか、小学生のやり取り見てる気分になるんだがそれは。

「あ、おい降谷、そろそろ練習再開するぞ」
「ハイ」
『さとるくん、またねっ』
「うん、またね涼」
『ママも!』
「おー」

休日は朝食後も例外なく練習だ。吐かないようにそれなりに休憩時間は取られているけど。

「お前って子供とか好きだったか?」
「別に、普通ですけど。涼は何か、小さいしろくまみたいで。そんな感じしません?」
「さっぱり分かんねぇ」

つか、やっぱりしろくまだと思ってたのかよ。

「御幸先輩にくっついてるのとか、昔読んだ絵本のしろくまみたいで」
「いやどんだけしろくま好きなんだよお前」
「双子のしろくまシリーズは全部持ってました」
「聞いてねぇから」

そろそろ降谷が天然通り越して電波なんじゃないかと思えてきた。まぁ、涼が一瞬で打ち解けたくらいだし、良しとするか。



小動物か何かに見えるそうで。
(3日目-End-)

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