短中編

□「いつか」とか言う免罪符
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進学先に稲実を選ぶ気は更々無かった。適当に距離置いて、レベルの低い高校で数字だけ稼いで気ままに過ごせればいいと思っていた。でもそれが許されなかったのは、紛れもなく親友のせいだ。
成宮鳴、シニア球団のチームメイトで、同じ中学のクラスメイトで、何故かは知らないが僕を最高のバッテリーと認識している。
確かにポジションは捕手だ。でもチームで正式にバッテリーを組んでいたのは僕じゃない。つまり僕は補欠。実力なんて強豪校でやっていける程じゃないのは分かってる。
そんな僕に対して執拗に同じ高校へ誘う鳴が良く分からない。聞けば都内のいろんなチームからいい選手を探し出してスカウトしているらしい。その中には、僕よりもずっと強い捕手もいた。だから、稲実への誘いは断った。

「…なんで行かないの?」
『だってさ、要らないだろ?』

何の躊躇もなくそう言うと、もともと不服そうにしていた顔をさらに顰めた。

『稲実って強豪校だし、ポジション争いに加われるほど僕は強くない。それに鳴が気に入ってた、一也って子?同年代にあんな才能の塊がいるんだから、鳴とバッテリー組むなんて僕には無理』
「一也には断られてるよ」
『そう?どの道僕の意見は変わらないけど』
「じゃあもう、野球から離れて考えてよ!俺が要と同じ高校行きたいの!それだけじゃダメ?」

それを聞いて察した。友達と同じ学校に進学する、なんて、単純で分かり易い動機だったんだ。

『そんな言い方されたら断れないに決まってんじゃん』
「じゃあ…!」
『親には相談してみるよ。私立だから高いだろうし、それで無理だったら仕方ないと思って』
「奨学金取ればいいじゃん」
『あのさぁ…稲実って結構偏差値も高めなんだよ。そこで首位取れとか進学校並に勉強漬けしろって事?』
「要なら出来そうなんだもん。頭いいじゃん」
『鳴がやってないだけで僕は普通』

無理難題を平然と言ってのけるところは相変わらずだ。
そんな会話もあり、僕はまんまと稲実へ進学することになってしまった。因みに家計の政権を握っている母は二つ返事で承諾した。母はかなり鳴を気に入っていたから。
ついでに自宅からだと距離もある上、またも鳴の我が儘で、野球部に所属し寮生になる事まで決定してしまった。
待って、僕は部活に入るとは言ってない。
そう告げるも書類に判を押した母は「あらそう?でも判子押しちゃったし」と宣った挙句「あんたが寮で暮らしてくれればお母さん結構楽できるのよね」と言われぐうの音も出ない。
そりゃあパートを続けている母の負担になっていた事は分からない訳ではないが、直球に言うか、普通。
決定事項はそう簡単に覆りそうにはないので、書類が郵送されてしまう前に入部届けに「マネージャー」の一言を付け加えておいた。





「納得行かない」

入学して暫くしたある夜の食堂で鳴が呟いた。

『何が』
「なんで要がマネージャーになってんの!」
「またそれか」
『練習中にも言ってんのそれ。いい加減諦めろって』
「だってマネージャーやってたんじゃ万が一にも要とバッテリー組めないじゃん」
『選手やってても無理だって言ったろ』
「言ってたけどさ!レギュラーじゃないにしても選手と練習すんのとマネージャー付き合わすのは違うじゃん」
「その前にお前、なんでそこまで比叡に拘わんの」

カルロスの一言に鳴は黙り込んだ。ここで言うつもりはないという態度で。

『ま、大方幼馴染みのヨシミだろ』
「未練がましい…」

ぼそりと呟いた白河の言葉のナイフのエグイこと…。乾いた笑いしか出てこない。

「そんなんじゃねーし」

鳴の言葉は周囲ざわつきにかき消された。それっきり会話もせず、黙々と目の前の飯を平らげていた。
それにしても、これまでもそうだったが鳴の執着は一体なんなのだろうか。友人だからという理由で押し通せるのは鳴の性格上というのもあるが、本来ならこの距離感は少し逸脱しているのではないのか。

『(考えるだけ無駄か)』

他人の感覚が自分の物差しで測れるわけもない。僕は考えることを放棄した。
ただ一つ言うとすれば、僕自身は鳴の我儘ともとれる言動は嫌ではない。そこには少なくとも嫌悪は存在しないからだ。しかし、それが時折、僕を悩ませることになっているのは鳴は知らないだろう。

勘違いをしそうになる。

報われない事は承知の上だったが、僕は自分の中に芽生えた劣情を捨てきれなかった。口が裂けても言わないつもりではいる。けれど、たまに、いっそ告げてしまって、ひた隠しにして苦しむ事から逃れようと思う事がある。そんな時でも、鳴は相変わらず僕に構うから、うっかり口を滑らせてしまわないようにするのに必死だ。
どうかこのまま、何も気付かないで居てほしい。そう祈りながら、いくつもの夜を明かしてきた。

『あれ…鳴?』

今し方長風呂を満喫してきた訳だが、部屋の前に名前を出した当人が、扉に背を預けて陣取っていた。

『もしかして待ってた?』
「まぁ…って言うか要風呂長すぎ。いっつも思うけど。女子なの?」
『浸かってると寝ちゃう時あるじゃん』
「普通無いからね」

女子かという突っ込みはあえて触れずにおいたが、それに対して言及されないと言うことは特に返答は求めてないということだろう。自己完結していると、鳴は本題を口にした。

「ちょっと散歩付き合ってくんない?」

そう言えば、今日は満月だ。誘いに頷きながらそんなことを思い出した。

『いい夜風だなー』

ふとそよいできた微風にそんな感嘆を漏らすまで、会話の一つも無かった。何か話があったにしてもこちらから催促する気は毛頭ない。話す事もないのに、なぜだか二人して並んで歩くのも昔からの事だ。気まずさはない。

「要」
『ん?』

足を止め、僕の名前を呼ぶ鳴は空を仰ぎ、どこか遠くの方を見つめたまま次の言葉を紡いだ。

「いつかさ、ちゃんと面と向かって言いたいことあるからさ、それまで一番近くで俺の事応援しててよ」

数秒かけて言葉の意味を理解すると、その強引さに思わず笑ってしまった。

『何それ、どういう事なの。ほんと、無茶苦茶なんだから』
「いいから、要は俺を一番に応援してればいいの」

それで完結だとでも言うように結論を押し通す鳴。

『いつかっていつ』
「知らなくていーの!いつかっていったらいつかだよ!」
『はいはい』

きっと鳴の中では答えは決まっているのだろう。言及を諦めて苦笑した。
僕もいい加減、覚悟を決める頃なのかもしれない。

『鳴』
「んー?」

きっとこれは免罪符のようなものだ。時が来なければ言わない、たった一言で片付けられる。

『僕も、いつか鳴に言いたいことあるから、日本のてっぺん取ってこいよ』

誰もが夢見る舞台の頂点、それを引き合いに出した事で鳴の瞳に一瞬獣を見た気がした。

「当たり前じゃん!絶対要に優勝旗見せてやるよ」
『そりゃあ楽しみだね』

簡単に成し遂げられることではないことを、いかにも簡単そうに言ってみせる鳴が少しばかり眩しく思う。今まさに、青春をしている、そんな気がした。

「…要の言いたいことって」
『え?』
「なんとなくだけど、俺のと同じ気がする」

寮に戻りながらそんなことを口にする鳴に呆気にとられたが、悪戯っぽく返した。

『じゃあいつか、答え合わせしよう』



(「いつか」と言う免罪符)

end

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