君恋履歴

□3個目
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「夏城、本気か?お前投手希望だったろ」

『希望はそうだけど、できない訳じゃない』

思い浮かべるのは全ての基盤になっている存在

『降谷、一球だけだから全力で良いよ』

「…分かった」

さして期待はしていないような顔をしていたが、構えた時の眼は本気だ

投げられたボールは先程より球威が増している

『(高い…)』

破裂したような乾いた轟音が響いた

構えた左手を右手で支えてはいるが、ボールはミットに収まっていた
風圧に煽られたキャップがパサリと地に落ちる

『…危なかった』

投げた本人も、脇で見ていた沢村も唖然としていた

「夏城!お前すっげーな…避けたくなるって、アレ」

『普通はそうかもな』

降谷は暫くの硬直の後椿に告げた

「ねぇ、バッテリー組んでよ」

たった一球でそこまで飛ぶかと固まった

『それはできないかな。本職じゃないし、試合出れないから』

「出れないって、何で?」

『…言っても良いけど、引かない?』

言葉を濁すように二人に確認をとる
結果、同時に頷かれた

『…簡潔に言っちゃうと、女だから』

普段の声に戻して告げる

「…え」

「Σえぇぇぇ!?」

『沢村くんうるさい』

反応の違いが性格をよく表している

「いや、だって、おま…えー…マジで?」

『マジで』

「全然気付かなかった」

降谷は誰かに言われたとしても興味なさそうだが

『…話し戻すと、こういう事もあってあたしはバッテリーにはなれないけど、ユキなら絶対捕ってくれるよ。そのために来たんでしょ?』

「…うん」

彼に受けてもらうと言う事は、1軍昇格も意味している
試合に出られない自分で妥協してほしくはなかった

頑張れと告げてグラウンドを離れる

「あ、夏城!キャッチボールやろうぜ!」

『休憩させて!今まで校外走ってたんだから!』

「そうなの?じゃ後で!」

『…しょうがないな』

沢村に態度の変化が見られない所を見ると、椿が女子部員というのは気にしていないようだ

『(それにしても、まだ痺れてる…降谷くん、すごい投手になりそう)』

感覚が戻りきらない左手を握り締めた





夕方、試合に出ていた選手達と観戦に行った部員達が戻った

そして俄かに広がる噂
3年の丹波がエースを降ろされたというものだった



『高島さん』

「あら、夏城さん。どうしたの?」

『今日の試合の、スコアってあります?』

「…えぇ、あるわ」

手渡された冊子を受け取り、確認した

「スコアを見たいなんて、御幸君みたいね」

『…あー、影響受けたんでしょうね』

くしゃりと笑った

「(確か二人とも出身校同じね…まさか付き合ってるのかしら)」

『高島さん、変な想像してません?』

「え、違うの?」

『…何を思ってたかは聞きませんけど、幼馴染みですよ』

「あ、そうだったの」

納得した辺り違う事を考えていたようだ

『(…エースの丹波さん、調子悪そう)』

スコアを見る限りではかなり打ち込まれたらしいと見て取れる
過去の試合の記録も逆上って見たが、投手力は青道の課題のようだ

「(それにしても、いくら影響されたとは言えここまで似るのかしら)」

『高島さん、もし近いうちに選抜を選りすぐるとしたら、1年にもチャンスはありますか?』

「それは…、今のところ検討中よ。即戦力がいれば、速いうちに練習に参加させたいわ」

『そうですか…』

会話が途切れると同時にノックの音が転がった

「礼ちゃん、前のスコア見たいんだけど」

「あら御幸君。それなら今夏城さんが読んでるわ」

『あ、ごめん。急ぎなら先いいよ』

「え…あれ、もしかして椿?」

素だったからか、わずかな考慮時間の後に、御幸は幼馴染みだと気付いた
練習後に着替えただけの、短髪スタイルではあるが、雰囲気と声だけでも十分にわかるくらいには長い付き合いだ。伊達ではない

『久しぶりだね、ユキ』

「あぁ、久しぶり。椿は、髪切ったのか。一瞬分かんなかった…」

『まぁ、選手として入るのに長かったら邪魔だし』

「そうだな、長髪の選手とか見ない…って、は!?」

『あー、やっぱり驚く?』

「驚くっつーか、大丈夫なのかよ。一年の練習メニューとか結構キツイんだぜ?」

『知ってるよ。でもね、それ以上に楽しいから大丈夫。それにユキもいるしね』

自分を野球の世界に引き込んだのは御幸だ
その人が目指す世界を共有したいと願って何が悪いのか
椿は心の内でそう呟く

「そっか。椿がそうしたいなら俺は止めねぇよ。でも無理はダメだからな」

『うん。ありがと、ユキ!』

約一年越しの再会は、ありふれていながらも暖かかった

「…お二人さん、もういいかしら」

完全に存在を忘れ去られていた

『あっ、すいません高島さん』

「そういうのはよそでやってちょうだい」

「ごめん礼ちゃん、これ借りてくわ。あと椿も」

「ええ、どうぞ」

『(なぜあたしまで借りる対象)お邪魔しました』

二人が退室した部屋で、高島は一人考える

「あれで付き合ってないなんて、本当不思議だわ。あの子達」

意外にも乙女思考である



end
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