君恋履歴

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春、終わりを迎えると同時に新たな始まりを告げる季節

今年も例外無く桜が咲き誇り、終わりと始まりがやってきた
この日夏城椿は3年間の中学校生活に別れを告げたのである

『やっと追いつける…』

1年早く中学を旅立った友人を思い出す
並外れた野球センスを持ち、進学した強豪校で1年レギュラーの称号を手にしたと聞いたのは記憶に新しい
当に前年度の話だが、身近な存在だった彼の事となれば喜びも人一倍だった

中学を卒業した椿は、4月から漸くその友人と同じ学校に通う事になる

『…よし』

クラスメイト達との別れもそこそこに、椿は一人ある場所へ向かった
それまでの自分と決別する為に





4月某日
青道高校は新入生を迎え、新たな1年をスタートさせた
運動部の大半は入学式前の朝から入部希望の生徒を集めて活動を始めている

野球部も例外では無く、この日は新入部員の自己紹介と能力テストが主な内容だ
グラウンドに集合した選手達は整列して監督である片岡を待っていた

その中には椿の姿もあるが、人目を引く橙に近い茶髪は少年のように短くなっている
キャップも深めに被っているので、言われなければ普通の高校球児にしか見えない
椿は母校の卒業式の後、美容院で長かった髪をバッサリと切り落としたのだ
短いと言っても、よくいる坊主頭よりはだいぶ長い方だが

部員達が整列して間も無く片岡が現れ、全員が力強く挨拶を口にする

「これで入部希望者は全員か」

そう確認すると、向かって左側から順に自己紹介を促した

『(凄い威圧感…最初の人声上擦ってるし)』

サングラスでよく見えないが、その眼光は鋭いのだろうと納得した

そして早くも自分の番が回って来た

『夏城 椿、希望ポジションはピッチャーです!』

でき得る限り低めの声で張り上げた
それまで全員が言っていた出身中学はどうせ意味の無いものになるだろうからと省いた

「…次」

一定の間のあと隣りの新入生が声を張り上げる

前列が端まで言い終わると、それは唐突に起きた

「あー!こいつ、遅刻して来たくせに列に紛れ込もうとしてるー!」

今まさにこちらに走り寄ろうとしていた少年は勿論、その場全体が凍り付いた

「…小僧、初日から遅刻とは、良い度胸だな。朝練終わるまで走ってろ!」

阿修羅でも背負っているような形相である

「(全てが裏目にぃぃぃぃぃ!!!!)」

因みに彼の存在を暴露した同じ遅刻者はちゃっかり列に紛れ込んでいた

「それから、この男と同室の上級生、そしてどさくさに紛れてそこに立っている大馬鹿者、お前達もだ!」

連帯責任とは恐ろしい

『(って言うか上級生、起こしてあげなかったんだ…)』

そして一通りの自己紹介が終わり、各自練習に打ち込む
とは言え1年は基本体力作りらしいが、この日は後に能力テストが控えているのでグラウンドに慣れる意も込めてバットとボールを使えるようだ

『さて…キャッチボールの相手探すかな』

一人では素振りくらいしかできないのは目に見えている

1年の面々を見渡していると声をかけられた

「夏城、だったか」

『っ、はい』

いきなり片岡に名前を呼ばれ、思わずビクいたが平静な顔を保って返事をした

「なぜ出身中学を言わなかった」

あの場面では他の全員出身校を告げていた
唯一言わなかった椿が異質に思えたのだろうか

『…、ここでは中学での実績は関係ないと思っています。だから出身校の公表は不要だと判断しました』

4番でエース、そんな選手が集まるような学校に、過去の実績は要らない
そんな持論をそのまま告げた

「…そうか」

片岡は僅かに口角を上げ、立ち去った

『(今、笑った?よね?…怖)』

何とも言えない表情の椿だけが残った

「ねぇ」

また新たな呼び声だが、今度はアルトっぽい物だ

「君、一人なら少し練習相手になってよ」

『良いよ。えっと…小湊、だっけ』

「うん、よろしく夏城くん」

朝練の間コンビを組み、そのまま仲良くなった
3年に兄が居るようで、すぐに名前呼びに改める事になったが

朝練の後は寮生活が殆どである部員は食堂で目一杯腹を満たす事が義務付けられている
特盛ご飯3杯がノルマは無茶振りだろう

『…多過ぎ、だよね』

「夏城くんもそう思う?」

『うん。それに俺朝はカロ〇ーメイト派だし』

グラウンド脇のベンチで一人寂しく持参したスティック食を堪能するはずだったのだが、高島礼に見つかり食堂に連行されたのだ

『まぁ…無理に食べて吐きたくないし、終わるわ』

「俺もそうする」

朝から濃すぎる内容だった



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