短編
□六花に雪がれて溶ける
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聖なる夜の前夜祭。
と、世間では銘打っていて、現代では所謂『恋人同士で過ごす』という通説がまとわりついている日。
嫌だなぁ、と真白な息を大きく吐き出して、イルミネーションがギラギラと眩しい街中を歩く。そこかしこにクリスマスを象徴する大きく飾り立てられたツリーが乱立し、足を向ける方、目を向ける方、耳を傾ける方、全てがクリスマス一色。音はみな、うんざりするほどに聞き慣れた、同じような曲調のクリスマスソングが流れている。
どこもかしこもクリスマスカラーというか、クリスマスムードというか…とにかく決まりきった色合いがせめぎ合っているようで、姦しい。
聖なる夜――というのなら、もう少し大人しい色合いで、明かりだって控えめに、音楽ももう少しなんとかできないものか。
「これじゃあ、星だって見えやしないよ」
そっと空を見上げる。冬の空は空気が澄んでいる分、星が美しく見える――はずなのだ、本来は。
街の明かりに押し負けて、星たちはその自然な輝きを小さくしている。肩身の狭そうな、と思ってしまうほどに、控えめな光の粒をぼんやり眺めていると、声がかかる。
「こらこら、こんな時間まで何してるんだ?」
振り返れば、少しだけ厚めのコートに身を包んだ男性――榎ャ斎先生が、鼻の頭を赤くしながら白い息を吐き出していた。
「バイトだったんだよ、先生」
「もう八時だぞ?」
「だって忙しかったんだもん」
「忙しかったんです、だろ」
教師相手にタメ口で話すんじゃない。そんな風に注意しながらも、ャ斎先生は柔らかな苦笑を見せ、「ほら、帰るぞ」と声をかける。
「帰るぞって?」
「高校生一人を放って置けるか。送ってやるから」
「え、いいの?」
「いいから帰るぞ。親御さんを心配させるな」
「はぁい」
返事をしながら隣を歩く。いつもならキビキビと歩くャ斎先生は、今回ばかりはゆっくりと足を進めてくれているらしい。
誰にでも、こんなことをするのだろうか、ャ斎先生は。
不意にそんなことを思って、それから、それはそうだろう、と思う。なんせ彼は教師で、そして私は生徒で。多分、別の生徒相手にも同じことをする。そんな優しい人なのだ。榎ャ斎という人は。
私の気も、知らないで。
「先生さぁ、今日クリスマスイブだよ? 彼女いないの?」
「残念ながらなぁ」
「……じゃあさ、」
私がなってあげようか。なんて、冗談めかして、けれど半分以上本気で言えば、彼はひとたび瞬いて、キョトンとした幼げな表情を見せた。それから、からりと快活に笑って、
「そういうのはなぁ、せめて卒業してから言いなさい」
あまり大人をからかうんじゃない、と締めくくられたその言葉に、私は「はぁい」と不満げに――傷ついた心を少しだけ隠して、返事をした。
空から、六花が静かに降ってくる。すれがった誰かが「クリスマスイブに雪なんて素敵」と笑っていたけれど。
私は何となく、隣にいるはずの先生との距離が開いてしまったのを、感じていた。