短編

□しし座流星群
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 一つ、二つ。
 流星群、と言うにはあまり数は流れていないようだった。月明かりに白く色付いた息を吐き出しながら、毛布にくるまって開けた窓際に座る。
 冬の空は、ほかの三つの季節に比べて高く冷たく澄み渡っている。そのせいか、星の煌めきも一際美しいような気がした。
 星が流れると書いて流れ星。昔――特に平安時代の頃は、流星や彗星といった空に流れる星は、災いの予兆だと考えられていたらしい。現代は流れ星に三度願うと叶うと言われているというのに、だ。
 人の世の移り変わりほど、不思議なものは無い。そんなことを言っていたのは、誰だっただろうか。小学校の頃からの友人である安倍くんのお家の人たち――人間、と言うにはあまりに美しい容姿の、十二人の人たち――だったような気がする。
「今日が見頃のはずなんだけどなぁ」
 初めの二つ、三つほど流れただけで、ぱたりと流れなくなった星を眺めながら、冷たくなりすぎて赤々としているだろう鼻や耳を毛布の中に入れるため、首を少しだけ竦めた。
 星に託すような願いはない――と、言う訳もなく。大して星座などに興味のない私が、流れ星を見ようとするなんて、まぁ、ジンクス目当てに決まっている。
 ――九流くんと、もう少し仲良くなれますように…。
 ――欲を言えば、小学生来の友人枠から少しでも、少しでも抜け出せたりしますように…。
 三回、三回、三回、と何度も決意しているというのに、あっ、と思った時には尾を引いていた星は姿を空の色に溶かしていた。
「なかなか上手くいかないなぁ…」
「なにがー?」
 びく、と肩を跳ねさせる。白い息と共に吐き出した独り言に、まさか返事がくるなんて思わなかった。その声の持ち主は、星に仲良くなれるようにと願おうとしていた九流くん――九流比古という名前の彼で。
「く、九流くん!?」
「寒くないのかー?」
 思わず毛布を取り落としながら立ち上がると、彼はマフラーに鼻をうずめてこちらを見上げている。
「九流くんこそ、何してるの?」
「ちょっと野暮用!」
 がさ、とビニール袋を揺らす彼は、近場のコンビニに行っていたらしい。
 星に願う前だと言うのに、私は短い会話でそれなりに満足してしまった。ふふ、と少しだけ零れた笑みに、彼もその(かんばせ)に静かで穏やかな――少しだけ夜の匂いのする笑みを浮かべた。
 どきん、と心臓が跳ねる自覚を持ちながら、私は彼を見つめる。すると彼は何かを閃いたらしい表情を見せ、コンビニの袋の中をガサガサと漁る。
 それから、ぽーんと投げられた何かを、両腕を伸ばして受け取った。それは七百円以上買うと引けるクジの景品らしく、普通のものよりも小さめのペットボトルのココアだった。
「やるよ! ココア好きだったろ?」
「あ、え、ありがと!」
 風邪ひくなよ! と笑った彼はひらりと手を振ると、再び家路を歩き出した。その姿が見えなくなるまで手を振りながら見送った私の頬は、今まで寒さを感じていたのが嘘みたいに熱くなっていた。
 は、と吐き出した息は、よりいっそう白くなっていて、体温が一気に上がっていることに改めて気付かされた。
 さら、と空を流れる星が視界をチラついて、顔を上げた。幾つも幾つも、美しく尾を引く星々が龍のように空を駆けていた。
 ――今夜は、しし座流星群が見頃を迎えるでしょう。
 朝聞いたお天気お姉さんの声が、脳裏で朗らかに聞こえた気がした。

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