私の養父はR・A・B

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 バジリスク、秘密の部屋、ゴーント、トム・リドル。羊皮紙につらつらと単語を並べ立てる。彰子が抱く疑問に答えを見つけるにはこれらの単語が鍵になるはずだ。彰子は頬杖を付きながら羊皮紙を走らせる。あっちの単語を繋いでみたり、こっちの単語を並べ替えてみたり。そうしているうちに、はたと気がつくことがあった。単語の並べ替えで『Vol de mort』というフランス語の単語が並べられることに気がついた。

「ヴォル、デ、モート……?」

 ガタン、と物音がした。その音は彰子が立てた音ではなく、部屋の主の手元から出た音だった。
 そういえば自分は今、特別講義の時間まで机を借りていたんだった、と思い出して部屋の主を見た。
 彼――セブルス・スネイプは落としたフラスコの破片を杖一振で片付けると、彰子に向けて睨みつけるような視線を飛ばす。不用意に名前を口にするなと訴えてくる視線に、ごめんなさいと声がこぼれた。
 スネイプは大きめの溜め息をつくと実験道具を仕舞い、講義用に並んだ机と椅子を片付け始める。
 今日は武装解除呪文のテストだった、と広くなった講義室に立つ彰子の傍には、変わらず物の怪が行儀の良い猫のように座っていた。
 自分の正面に立つスネイプを見上げながら、彰子は深呼吸をする。上手くできるだろうか、と自分の杖を握りながら唾を飲み込んだ。今までの授業は実践を交えながら、主に発音を注視して練習していた。

武器よ、去れ(Expelliarmus)

 パッと同時に杖を振る。彰子は武装解除呪文を、スネイプはそれを防ぐための呪文を。今までよりも確かな手応えはあったはずなのに、スネイプには簡単に防がれてしまった。
 うーん、まだまだだなぁ。小さく呟いた彰子の声に「いいや」と声が重なった。

「以前よりも改善が見られる」
「えっ」

 褒められてる? とスネイプを見れば眉間に皺は寄っているものの、分かりにくく目元が柔らかいような気がした。
 じわ、と胸の奥に温もりが広がる。その温もりが温度を上げて頬に伝わるようだった。慌てて彼から視線を逸らした彰子の表情は、足元で待機していた物の怪にだけ見えているもので、スネイプは目の前の生徒の行動に首を傾げている。

「これからも、ご指導よろしくお願いします!」

 パッと顔を上げて言った彰子は、頬を赤く染めたまま花咲くように笑う。同級生たちに見せるような大人びた笑みではなく、大人びた中にも年相応の子どもが見せる純粋な笑みに、スネイプは面食らった。
 生徒たちから向けられる視線は怯えや嫌悪のようなものが多く、自寮の生徒からは敬愛の視線を向けられることはあれど、目の前の彰子が浮かべている笑みはそのどれとも違うような気がした。
 古い記憶の、柔い部分を刺激されるような気がしたスネイプは、彰子から視線を外すと背中を向けてしまう。それから彰子にもう戻るように言うと、自室へと姿を消してしまった。

「私達も戻ろうか、もっくん」

 へへ、と嬉しそうに笑いながら、物の怪の白い体躯を抱えた彰子はスキップでもしそうなほど上機嫌だ。複雑だ、と夕焼け色の瞳をいつもの半分にしながら彰子の腕に身を預ける。何歳違うんだ、と物の怪が彰子とスネイプの年齢差を数えている事なんて、彰子はきっと知らないのだろう。

「今日はいい夢見れそうだねぇ」
「そーだといいな」

 親の心子知らず、ではないが。物の怪は呑気に笑っている彰子に、そっと溜め息を吐き出した。


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