私の養父はR・A・B

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 夕食も終わり、談話室から生徒が一人、また一人とベッドに入っていく。最後の一人が談話室から寝室に入ると、ハリーは急いで透明マントを取ってきた。

「ここで透明マントを着てみたほうがいいな。全員隠れるかどうか確かめよう」
「君たち、何をしているの?」

 ロンの静かな声に頷いた時、談話室の隅にある肘掛け椅子の陰から、ネビルがあらわれた。ハリーは急いで透明マントを後ろに隠して、なんでもないよと答えたけれど、ネビルはハリーたちの後ろめたそうな顔を見つめた。

「また外に出るんだろ。そんなことをしてはいけないよ。また見つかったら、グリフィンドールはもっと大変なことになる」
「君にはわからないことだけど、これはとっても重要なことなんだ」

 ハリーは扉の脇の大きな柱時計を見ながら、焦ったように言った。彰子も時計を見上げ、ネビルを見、どうしたものかと思案する。
 ロンとネビルの口論の声量が大きくなっていく。そんなに騒いだら誰かが起きてきそうだ、と彰子は思わず物の怪と顔を見合わせてしまった。

「やるならやってみろ。殴れよ! いつでもかかってこい!」

 拳を振りあげたネビルは可哀想なほど腰が引けていて、見てられないなぁ、と彰子が目を覆うと、ハリーはハーマイオニーを振り返った。何をするんだろう、と首を傾げた彰子の前で、ハーマイオニーが杖を振る。

「ネビル、ほんとに、ほんとにごめんなさい。ペトリフィカス・トタルス」

 全身金縛り呪文をかけられたネビルは、両腕と両足をぴったりくっつけて一枚岩のようになった。瞳に恐怖の色を浮かべたネビルに謝ってから、透明マントを被って寮を後にした。
 ミセス・ノリスに最初の階段で遭遇した以外は、誰にも会わずに四階の階段までたどり着くことが出来た。

「そこにいるのはだーれだ? 見えなくたって、そこにいるのはわかっているんだ」

 ゴーストのピーブズが階段の途中でひょこひょこ上下に揺れながら、意地悪そうに笑った。するとハリーが突然、しわがれた声を出してピーブズを呼んだ。

「血みどろ男爵様が、わけあって身を隠しているのがわからんか」
「も、申し訳ありません。血みどろ閣下、男爵様」

 血みどろ男爵に扮したハリーが今夜はここに近づくなと命じると、ピーブズは「仰せのとおりに致します」と答えてサッと消えた。
 四人が扉に辿り着くと、扉は少し開いていた。

「やっぱりだ。スネイプはもうフラッフィーを突破したんだ」

 開いたままの扉を見ると、誰かが生唾を飲み込む。緊張からか、恐れからか、ハーマイオニーが彰子の手を握る。ハリーがマントの中で彰子達を振り返った。

「君たち、戻りたかったら、恨んだりしないからもどってくれ。マントも持っていっていい。僕にはもう必要ないから」
「バカ言うな」
「ここまで来てそれはないよ」
「一緒に行くわ」

 ハリーは扉を押し開いた。三頭犬のいる部屋には、ハープが置いてあった。ハープには演奏し続ける呪文がかけてあったようだが、透明マントをかぶった四人が部屋に入ったとき、すでに呪文の効果は消えていた。ハリーが持参した木製の横笛を吹くと、姿の見えない侵入者を嗅ぎ当てようとしていた三頭犬は、床に横たわって再び眠りこんだ。

「扉を引っ張れば開くと思うよ。ハーマイオニー、先に行くかい?」
「いやよ!」
「黙って、ハリーを邪魔しちゃダメでしょ」

 ひそひそ声で口論するハーマイオニーとロンを黙らせ、彰子は慎重に巨大な犬の足をまたいだ。屈んで仕掛け扉の引手を引っ張ると、扉が跳ね上がった。地下へ続く真っ暗な穴が口を開けており、階段も見当たらない。
 するとハリーは器用なことに、横笛を吹きながら片手で自分自身を指さした。僕が先に行く、と言いたいようだ。

「ハリーはそのまま笛を吹いていて、私が行くから。もし、私の身に何かあったら、ついてこないでね。真っ直ぐ寮に帰ってそのまま寝る。いい?」
「君はどうするの?」
「大丈夫、大丈夫。まぁ、何とかするから」
「わ、分かったわ」

 ハーマイオニー達に笑いかけて、彰子は深呼吸をして、一思いに穴の中へ飛び込んだ。冷たい湿気った空気を切って、彰子は暗闇の中を落ちていった。
 随分下に降りるなと思いながら、肩にいた物の怪は大丈夫だろうか、と空中で首を動かそうとした彰子の体を、逞しい腕が支えた。紅蓮? と声をかければ「舌を噛むぞ」と低い声が耳朶を打つ。
 トン、と比較的軽やかに、なにやら柔らかい物の上に着地した騰蛇は、瞬きの間に物の怪へと変化する。足を下ろした彰子が周囲を見渡すと、何かの植物が敷き詰められているようだった。

「飛び降りても大丈夫、ハーマイオニーから来て、受け止めるから!!」

 ハーマイオニーが体を固めて落ちてくる。それを受け止め、植物の上に下ろしてやる。すぐさま落下してきたロンはうつ伏せに着地したらしく、くぐもった呻き声をあげていた。

「受け止めてくれるって言ったじゃないか!」
「ハーマイオニーだけに決まってるでしょ」
「なんでだよ!」
「ハーマイオニーは女の子だから。女の子には優しくってお養父さんに教えられたの」
「そりゃないぜ! ……ところで、この植物っぽいのなんだい?」
「クッション?にしてはちょっと硬いけど……ハリー、いいよ!」

 笛の音が止み、続いて三頭犬の鳴き声が聞こえるが、同時にハリーはロンの横に着地した。

「ここって、学校の何キロも下に違いないわ」
「この植物のおかげでラッキーだった」
「ラッキーですって!」

 ハーマイオニーが悲鳴をあげ、彰子は咄嗟に自分の姿を見た。足首からツルが蛇のように固められている。

「二人も自分を見てご覧なさいよ!」

 ハーマイオニーは植物が固く巻き付く前に振りほどき、湿った壁の方へ逃れていた。ハリー達がツルと奮闘するのを引きつった顔で見ていた。

「動かないで! 私、知ってる……これ、悪魔の罠だわ!」
「あぁ、なんて名前だか知ってるなんて、大いに助かるよ」

 ロンは首に巻きつこうとする蔓から逃れるため、仰け反りながら唸った。

「黙ってて! どうやってやっつけるか、思い出そうとしてるんだから!」

 ハーマイオニーは対処法を必死に思い出そうとしていた。

「スプラウト先生は何て言ってたっけ? 暗闇と湿気を好み……」
「だったら火をつけて!」

 ハリーは息も絶え絶えだ。

「そうだわ……それよ……でも薪が無いわ!」

 ハーマイオニーがイライラと両手を捩りながら叫んだ。物の怪は軽やかに蔦を避けながら、ハーマイオニーの足元にいる。いつの間に抜け出したんだ! と叫びながら、彰子は体を捻り術札を出した。

「気が変になったのか! 君はそれでも魔女か!」

 ハーマイオニーの言葉に、ロンが大声を出した。彰子はその声を聞きながら、ハリーに目を瞑っているように言った。

「臨める兵、闘う者、皆陣(やぶ)れて前に在り! 火神(かしん)招来!」

 轟、と彰子が印を結ぶと、真っ赤な火がハリー達三人を包み込む。

「うわぁ! ……って、熱くない?」

 ロンが悲鳴を上げようとして、首を傾げる。光と熱に植物が怯み、ツタはみるみるうちに解けていった。

「ハーマイオニーがちゃんと、薬草学を勉強してくれていてよかったよ」

 額の汗を拭いながら、ハーマイオニーのいる壁の所に辿り着いた。

「ああ、本当にな。こんな危険な状況で、ハリーと彰子が、冷静で良かったよ。それにしても『薪が無いわ』なんて、まったく」

 ロンがため息混じりに言うと、ハーマイオニーは眉を寄せた。ハリーは先を急ぐように「こっちだ」と言って、奥へと続く石の一本道を指し示した。
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