私の養父はR・A・B
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目を開けた彰子が痛む体を動かして跳ね起き、周囲を見渡せば医務室のベッドの上だった。
呼吸が荒く、心臓が痛い、視界は霞み、揺れる。瞬きをすれば零れ落ちる透明な涙。体が勝手に震えるのをどうにかするために、彰子は涙を流しながら、呼吸に失敗する。
息をしなければ、空気を吸わなければ、と無理やり肺を動かそうとして喉が変な音を立てた。
「落ち着きなさい」
上から降ってきたベルベットの声に肩を揺らしながら、彰子が声の方へ顔を向ける。
目の前には夜の闇をそのまま身につけたような黒。スネイプが彰子を見下ろしていた。
「ゆっくりと息を吐きなさい」
その声に従って、息を吐き出す。
「倍の時間をかけて息を吸いなさい」
少しずつ空気を肺に入れ、それから、けほ、と咳が零れた。トン、トン、とスネイプにゆっくりと軽く肩を叩かれ、そのリズムに鼓動を合わせるように意識すれば、荒れていた鼓動も呼吸も落ち着いてくるようだった。
「せ、ん、せい」
「無理に声を出せば、喉が潰れる。黙っていなさい」
どうしてここに、と問いかけるのに失敗した彰子の内心を知ってか知らずか、スネイプは落ち着きを見せ始めた彰子の肩から手を離した。
痛む体を見下ろしながら、そういえばクィレルに追われていたと思い出し、さぁ、と表情が青ざめた。スネイプを見上げると、常から顔色悪く、目つきの悪い彼は、しかし、僅かばかりに心配そうな色を滲ませながら、何も言わずに黙ってその場を立ち去った。
何も無かったことには出来ない。それでもずっと医務室にいる訳にもいかず、彰子は大広間へと向かった。
大広間へ着くと、グリフィンドールの席にいた友人たちのもとへ歩み寄り挨拶をする。
「彰子、おはよう」
「おはようパーバティ、ラベンダーもおはよう」
「おはよう! ちょっとあれ見てよ! もう、大変なんだから!!」
ラベンダーが指さす方へ目を向けると、寮杯の得点が示されている砂が、大分、減った印象がある。ぱち、と瞬きながら席に座った彰子は、砂時計を見ながら友人に尋ねた。
「……ラベンダー、あの砂時計どうしたの? あんなに減ってたっけ?」
「ハリー達よ」
「え?」
「一晩で一人50点の減点。合計150点の減点」
あれまぁ大量な、と瞬きをしながらスリザリンの砂時計を見れば、向こうも50点ほど減点されたらしい。グリフィンドールに比べて騒ぎが小さいところを見ると、一人で大量に減点された訳では無いのかもしれない。
「えっと……誰がやらかしたの?」
「ハリーとハーマイオニー、あと、ネビル」
「へぇ!?」
あはは、と思わず笑ってしまった。呆れを通り越して笑うことしか出来ない。
「彰子のその反応って、感心してるの? 呆れてるの?」
「どっちもかなぁ。その噂の三人は?」
「さあ? どっかにいるんじゃない?」
随分と雑な言い方をする、と眉を顰めると、あちらこちらからハリーの名前が聞こえてくる。耳を澄ませば、ほとんどの生徒の話題が150点分の減点を話題にしていた。
「ほんと、いい迷惑よね」
ふん、と鼻を鳴らしながら顔を顰めている友人を諌める。
「ラベンダー、言い過ぎだよ」
「でも大量減点よ!? ありえないわよ!」
「言いたい気持ちは分かるけど、言いすぎるのも良くないでしょう」
恐らくは朝からずっとその話をしているのだろう周囲を見ながら、俯くラベンダーとパーバティの頭をそっと撫でた。
減点されたのは多分ノーバートという名前をつけられたドラゴンの引き渡しが原因だろう。けれど、何故ネビル? それに、物の怪がそばについていたはずだが、なぜ大量に減点なんてされたのだろうか。彰子は話題にあがっている三人の名前と、物の怪の影の見えない話題に違和感を覚えた。
「ミス・四月一日」
凛とした声が、大広間に静かに響く。振り返れば、寮監であるマクゴナガルが手招いている。
「教授」
「ついてきなさい」
「はい」
いつもの厳しい表情の中に僅かな困惑を見せている寮監の言葉に、一つ頷いて彰子は彼女の後ろをついて行った。心配そうに彰子を見る友人たちに、なんでもないから、と手を振って大広間を出た。
彰子を引き連れたマクゴナガルが向かった先は彼女の研究室。彰子が入室すると、マクゴナガルは椅子に掛けるよう示す。
「失礼します」
「早速ですが、ミス・四月一日、体調を崩す前に自分が何をしたか覚えておいでですか?」
マクゴナガルの厳格な声が彰子の耳朶を打つ。怒られるようなことはなにも、と言いかけて、口を閉じた。
クィレルに追われたとは言い辛い。そして、追われる直前にやっていたのは罰則のための掃除。事情をよく知らない人間には、罰則から逃げ出したように見えるだろうことは、少し考えればわかる。
「答えられませんか? なら教えて差し上げましょう。あなたはクィレル教授に課せられた罰則から逃げ出しました」
彰子は息を呑む。やはりそう見られていた、と思う反面で、態度が豹変したクィレルを思い出し、そっと首に手を添えた。絞められた時の力の強さと恐怖を思い出したからなのか、彰子には分からなかった。
マクゴナガルは黙り込んだ彰子の様子に、そっと溜息を吐く。
「なにか、怖い思いでもしたのかどうかは、私には分かりません。弁明が有っても無くても、事実は事実です。……あなたの様子を鑑みて、減点はしませんが、別の罰則を受けてもらいます」
こく、彰子は一つ頷く。再びクィレルのもとへ行かなくて済むのならなんでも良かった。
「今晩十一時、玄関ホールに来なさい。ミスター・フィルチが案内するでしょう」
「はい、先生」
「分かったのなら、もうお行きなさい」
「失礼します」
彰子はマクゴナガルに一礼すると、研究室を退出した。