私の養父はR・A・B

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 三学期が始まった。
 彰子はその日、夢に関する本を何冊か読み比べていた。日本の家とレギュラスから送って貰った物である。

「ドラゴンが孵る所をドラコに見られた?」

 ハリー達はハグリッドの小屋にはドラゴンの卵が孵る所を見に行っていたが、慌ただしく談話室に戻ってきた三人の話を聞いた彰子は、読んでいた本を閉じ、眉を顰める。

「君はあいつと仲がいいからピンと来ないのかもしれないけど、あいつ絶対に先生に告げ口するぜ」

 ドラコとハリー、ロンたちは自他ともに認めるほど相性が悪く、顔を見合わせれば嫌味と睨みの応酬だ。

「チャーリーだ!」

 ハリーの大声に他三人の視線が彼に集まる。

「君も狂っちゃったのかい。僕はロンだよ!」
「違うよ! 君のお兄さんのチャーリーだ。ルーマニアでドラゴンの研究をしてるって言っていたよね? 彼にノーバートを預ければいい。面倒を見て、自然に還してくれるよ!」

 妥当だよな、と言う物の怪に彰子は声もなく同意を示す。餅は餅屋、蛇の道は蛇。何事においても、それぞれの専門家にまかせるのが一番良いのだ。
 ロンたち三人は意気揚々とハリーの案に乗って、チャーリーに手紙を書き始めるのだった。



 暗闇の中、彰子は誰かに追われていた。
 夢だ。現実ではない。理解はしていても、夢の中の暗闇が、これほど怖いと感じたとこがあっただろうか。
 開かない扉が行く手を遮る。後ろから追いかけて来ていた足音がどんどんと近付いてきていて、止まった。嫌な汗をかきながら、ゆっくり振り返る。
 相手の顔は、見えない。けれど、やけにはっきりと、人間の青白い手が見える。その手は、ゆっくりと横に指先を向けていた。
 そちらに目を向ければ、そこにあるのは、大きな姿見。
 青白い光が照らす先に目を凝らすと、そこにあるのは長いローブ。
 光を、ゆっくり上へ向ける。心臓の音がうるさい。呼吸が早く、荒くなる。青白い首が見え、色を失った唇からは、銀色のどろりとした液体が垂れている。神聖な生き物の、血が。


 
 ひゅ、と喉が嫌な音を立てた。物の怪に揺すり起こされて目を開けた彰子は、額や背にびっしょりと嫌な汗をかいていた。
 大丈夫か、と問う物の怪に何とか頷いてみせると、真上からクィレルの声が降る。ハーマイオニーに脇を小突かれ、顔を上げると、目の前にクィレルが立っていた。

「わ、私のじゅ、授業は、つ、つまらなかった、かな?」
「すみません、そういう訳では」
「ぐ、グリフィンドールから、さ、3点減点。き、き、君、には、ほ、放課後、罰則を、あた、与えます」

 クィレルの言葉を聞きながら、何たる失態かと歯噛みする。怪しんでいる人物の前で居眠りなど、隙を見せてしまうとは。
 顔を顰めながら、終業を告げるを聞き、溜め息を吐き出す。ハーマイオニーとハリーが廊下の脇で待っていた。これから二人とドラゴンに噛まれて手が腫れたロンを見舞いに、医務室へ向かう。
 医務室では、ロンが痛みで涙を浮かべながら迎えてくれた。ノーバートと名付けられたドラゴンを引き渡す計画が書かれた手紙をドラコに見られた、とロンは涙をなおも流す。

「どうしよう、僕、僕のせいで、ノーバートの計画が」
「この間も言ったけど、大丈夫よ。私たちにはハリーの透明マントがあるんだから」

 ハーマイオニーの言葉に、ようやくロンが笑みを見せ、二人が安堵の息を吐く。その様子に彰子も安堵した瞬間、ほんの僅かな大蒜の香りが、鼻腔をくすぐる。

「どうしたの?」
「にん、にくの匂い…?」

 彰子の言葉に全員が首を傾げる。物の怪を見るが、鼻をひくつかせた後、首を左右に振った。白昼夢か、と思ったがそれにしては香りだけというのも変な気がする。

「何言ってるの。大蒜の匂いなんてしなかったわ?」

 嫌な予感がざわざわと胸を押し潰そうとやってくる。なにも、起こらなければいい。彰子は悪い予感を振り払おうと、そっと深呼吸をした。

 心底嫌だ、という顔をしながら、彰子はクィレルの研究室に来ていた。物の怪にはハリーたちのそばにいるよう頼んである。
 扉の前で杖と術札の確認をすると、深呼吸を一つしてノックをした。

「失礼します、クィレル先生、四月一日です」

 声をかけてから扉を開く。鼻をつく大蒜の匂いに顔を顰めながら、扉を潜り、中へ入った。

「居眠りをしてしまい、すみませんでした」
「わ、分かっていただけたのならば、よ、良いのです。罰則ですが、そ、そこの本を片付け、か、鏡を磨いていただけますか?」

 彰子は手で示された場所に積み上がっている本を順に並べ、書棚へ仕舞う。その作業が一通り終わると、雑巾を固く絞り、埃を軽くハタキで取り除いてから、鏡を丁寧に拭き始めた。
 どれくらいそうしていただろうか。ふと、顔を上げると、磨かれた鏡に映る自分の姿。その後ろに立つ、クィレルの姿が見えた。ぎょっと心臓が跳ねたのは、まるでその光景が、夢と同じだと思ったから。

「君は不思議な力を持っている」

 いつもの吃音はどこへ行ったのか、酷く冷たく恐ろしい声だった。

「その力で、箒から落ちたロングボトムを救った」

 じりじりとクィレルから距離を取ろうと後ろに下がるが、同じだけクィレルが近寄る。

「トロールの時も、クディッチの最初の試合でも。さあ、私の主のために、その力を寄越すのだ!」

 クィレルの怒鳴り声と伸びてくる手を振り払うが、彰子が逃げる前に細い首を掴まれる。気管を押され、呼吸が出来ない。
 ギリギリと首にかかっているクィレルの手に力が入る。かひゅ、と空気が零れ、視界が霞んでくる。主、とは誰のことだろう、と考える余裕さえ呼吸と共に奪われてしまっていた。
 彰子は、クィレルの腕を掴んでいた手を離すと杖を握る。手のひらで回転させ、握っている持ち手の底を彼の米神に向かって振り抜く。鈍い音がすると、クィレルの呻く声が聞こえ、彰子の首から手が離れ、体は床に投げ出された。
 彰子が振り返ると、米神を抑えたクィレルがよろよろとこちらへ足を進めてきた。なんとか立ち上がり、手近にあった椅子や机で進路を妨害しながら、扉へ向かって走り出す。
 バチン、と音がしたかと思うと、体に大きな痛みが走り、足が縺れ、床に転ぶ。魔法を飛ばされたか、と考えながら、なんとか立ち上がり、扉のノブを掴む。ガチャ、と音がするが、開かない。この経験を夢で知っている。

アロホモーラ(開け)!」

 鍵の開く音と同時に、扉に体当たりをして廊下に転がり出る。
 薄暗い廊下をひたすら走った。何度も痛みを感じ、その度に床に転がるが、彰子は後ろを振り返らない。受身が取れるようになっていてよかった、と詮無いことを考える暇さえなかった。
 行先に階段が見え、階段の欄干の上に足を掛けた。

「待て!!」

 クィレルが後ろから叫ぶが、彰子は躊躇うことなく欄干から飛び降りる。空気の圧を感じながら、彰子は懐から術札を取り出し、印を結び、最後に柏手を打った。彰子の体を風が包み込み、着地の手助けをする。とん、と軽やかに足をつけると、再び駆け出した。
 相手は知識も経験もある魔法使い。自分がいくら階段を省略しようと、追いつかれては意味が無い。足を叱咤しながら、廊下を駆ける。ちら、と彰子の意識が、視線が、後ろに向いた時。
 ドン、と体が何かにぶつかったかと思うと、誰かの手に腕を掴まれる。追いつかれたという恐怖から、彰子は短い悲鳴を上げ、相手の顔を見上げた。

「四月一日……?」
「……ス、スネイプ教授(せんせい)

 そこに立っていたのは、書類を抱えたスネイプだった。緊張の糸が音を立てて切れた。カクン、と力が抜け、緊張で張り詰めていたはずの意識が混濁していく。

「おい、どうしたのだ! 四月一日!!」

 スネイプの焦っているような声を聞きながら、彰子は意識を手放した。
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