彼岸桜若しくは、千本彼岸

□思ノ花
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 悲しい知らせが一つ。
 人狼だとバレたルーピンは退職に追われたのだ。ドラコと顔を合わせると軽く目を伏せられるため、なにか係わっていたのだろうか。それでも彰子はそれ以上は何も聞かなかった。
 嬉しい知らせはいくつかあった。
 まずはアイオロスと名付けられたヒッポグリフが無事にドラコの家で生活できるそうだ。息子に甘い母親が、許可をもぎ取ったと聞く。
 そしてもう一つ。グリフィンドールが三年連続で寮杯を獲得したことだ。スリザリンの減点は主にクラッブとゴイルだったのだが、今年はドラコのフォローが入らなかっただけ引かれたのだろう。発表の時、少し悔しそうにしていたドラコだが、呆れの方が勝ったのか、彰子と目が合うとひょいと肩を竦めるに留まった。
 そして、声高に言いたいことが一つ。なんとシリウス・ブラックの冤罪が立証されたのだ。
「見ろよこれ! 『シリウス・ブラック、冤罪により投獄か』だってさ!」
 シェーマスが持ってきた日刊預言者新聞の一面が12年前の事件を洗い直していた。証拠を揃え、闇祓い局長に叩きつけたのはブラック家現当主、レギュラス・ブラックであり、友人の一人が記憶を提供した、と書かれていた。また、闇祓い局はこれを受け再捜査に乗り出し、凡そシリウス・ブラックは無実であると決定したという。
「記憶の提供……?」
「無実が証明された……?」
「これでシリウスは追われずに済む……?」
 彰子はハリー達と顔を見合わせる。じわりじわりと暖かなものが胸に広がる。
『やったー!!!!』
 わぁ! と四人はお互いを抱きしめ合う。ハリーは既に泣き出している。それに釣られて、彰子の目にも、ハーマイオニーの目にも涙が浮かぶ。
「そうだ、レギュラス!」
 彰子は両面鏡を取り出して、レギュラスを呼ぶ。すると鏡にはレギュラスと、その後ろにシリウスの姿が見える。
「シリウス! ハリー、シリウスが!」
〈やあ、彰子、ハリー、元気かな?〉
〈ちょっと、兄上、無理やり割り込んでこないで下さい!〉
〈少しは兄に譲れ!〉
〈冗談じゃない、これは僕が彰子に贈ったものですよ!?〉
〈うるさい、ハリーの声が聞こえんだろうが!〉
 鏡の向こうで繰り広げられる大人気ない兄弟喧嘩に、ハリーと彰子は思わず声を上げて笑う。そこにハーマイオニーとロンも加わり、四人は暫く鏡の向こう側との会話を楽しむことにした。







 霊道を歩きながら、彰子はシリウスとレギュラスの『兄弟喧嘩』の様を彰に話していた。
「ははは、じゃあ何、毎日喧嘩?」
「そうなの。鏡を見る度にやいやいって」
「まあでも、良かったんじゃないか」
「うん。そうだね」
 彰と彰子は霊道を抜け、雨の中を家まで歩く。日本は梅雨の時期で、紫陽花が雨の中でも鮮やかに咲いている。
 今回は平和な夏休みになればいい、と一年前の夏休みを思い出して彰子はそっと嘆息する。レギュラスからは日本へ来るとの連絡はなかった。レギュラスを追いかける悪霊達を祓う毎日にならないだけ平和かもしれない。
 しかし、そんな彰子の期待を盛大に裏切ってくれるのがブラック家の男だった。
「久しぶりの我が家ー!」
 彰子が傘を畳み、彰が玄関の戸を開こうとしたその時、ガラリと玄関が開く。
「やあ、おかえり」
「お、帰ったか」
 中から出てきたのは、和服に身を包んでいる見慣れた美丈夫とその兄。
「………………イケメンって、多少やつれてもイケメンなんだな」
「兄さん今それどころじゃないでしょ!」
 べし、と背中を叩くも、逃避を決め込んでいる彰にはなんのダメージもない。ははは、と乾いた声を上げながら、遠い目をしている。このやり取り、去年もやったなぁ……と小さく呟かれた声は誰にも拾われない。
「なんっでいるの!?」
「うちもおるで〜」
「ち、千恵ちゃん!?」
 大阪にいるはずの友の姿まであるではないか。しかも可愛らしい浴衣に身を包んでいる。レギュラスとシリウスの間に入っている千恵はひらひらと手を振る。
「夏期公開を途中で抜けてしまったので、今年もお世話になるんです」
「私も社会勉強の一環として」
「兄上はおまけです」
「おまけとはなんだ! 兄に向かって言うセリフか!」
「ならば兄らしくしてください!!」
「うっさいわ! 喧嘩なら表でしたらええやん!!」
 ベチンと千恵が二人の背中を思い切りよく叩く。まあ、いい音、と思わず彰子も遠い目になる。
「うちはお目付け役なんや。レグちゃん、一人やとあかんって聞いとったし」
「え、誰から?」
「レグちゃんから」
「いつの間に!?」
「いつの間にも何も、毎日に手紙のやり取りはしてたんやで?」
 な、と見上げる千恵にレギュラスが緩く笑む。
「私への返事はそっちのけで!?」
「楽しくってつい」
「シリウスの無実を証明したいって言ったのはレギュラスだったのに!」
「彰子は優秀だから」
「そんな信頼要らない!!」
 わっと叫んで彰に抱きつく。もうやだこの美形野郎。と貶しているのか褒めているのか分からない文句を言う彰子の頭を撫でる彰は、それはもう幸せそうな顔をしていた。
「せやから、うちもお世話になるんで、よろしゅう」
「……もう諦めることにする」
「懸命だな」
 はぁ、と彰子はため息をつく。
「ところでなんでみんな浴衣なんだ?」
 彰が三人を指して言う。
「近所でお祭りあるんやろ?」
 行かへん? と千恵が首を傾げる。確かにこの時期は近所の公園で紫陽花祭りが開催されている。紫陽花は様々な色の花を鮮やかに咲かせているその祭りは、毎年兄達と共に足を運んでいた。
「行ってもいいけど……外、雨だし、寒いんじゃない?」
 彰子と彰はラフな洋装をしているが、目の前の三人は浴衣だ。湿気が多くジメジメとしているとはいえ、さすがに寒そうだ。
「雨はそろそろ止むて言うてたし、お日さん出てきはったら暖かくなるんちゃう?」
「雨が止むって……天気予報でそう言ってたの?」
「ううん、あきちゃんとこの式神さん」
 はて、と彰子が首を傾げると、奥から祖父の式神が顔を覗かせる。おかえり、と声を発するのは安倍家及び四月一日家の料理長と化している鳶色の髪の青年だ。
「ただいま六合」
「ただいま戻りました」
 彰と彰子は靴を脱いで六合に手を振り返す。部屋へ向かう二人の後をブラック兄弟with千恵のトリオが追う。自分の部屋の戸を開いた彰子と彰は一瞬固まった後、そっと戸を閉める。ガッツリ見えたのは、衣桁にかけられた真新しい浴衣ではなかったか。
「あの……千恵さん?」
「お世話になるんに、手土産のひとつもあらへんのはなぁ……てことでうちの家からのお土産や!」
 さすが呉服屋の娘。彰と彰子はそっと視線を逸らす。これはもう、着てお祭りに行くのが確定している。
「……着替えてくるから、ちょっと待ってて」
 彰子が苦笑混じりに言えば、ブラック兄弟の表情が輝く。その表情があまりにもそっくりで、彰子と彰は揃って吹き出してしまったのだった。
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