薔薇

□【こまえーき】彼岸の縁日
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「小町。」

自分は木陰で船を漕いでいる青年に声をかけた。
この“船を漕いでいる“は実際に漕いでいるわけではなく、うつらうつらとしているという意味だ。

「きゃん!」

小町と呼ばれた青年は、驚いたのか犬のような声をあげた。
しかし、犬といっても子犬ではなく土佐犬ような声だが。

「し、四季様…?」

小町は恐る恐るこちらを見た。
小町は木にもたれかかっているので自然に見上げる形になる。

「お早うございます。」

業務的にそう言うと小町は焦って、急いで木に立て掛けていた大鎌を手に取った。

「すんません!急いで仕事に戻ります!!」

小町は急いで立ち上がると三途の川に向かって歩き出した。


しかし、小町はそこで立ち止まると、首をかしげ、こちらへ戻ってきた。
そして、目の前に来ると自信なさげに聞いてきた。

「あの、俺って今日は休暇取りましたよね?」

「ええ、今は休暇中ですよ。」

そう言うと小町は泣きそうな顔をした。

「驚かさないで下さいよ、冗談にも程がありますって。」

呆れて、溜息をつく。

「私は貴方に“ここで寝ていては風邪をひく“と伝えようとしたのですが。」

小町は複雑な顔をした。

「いつもの行いの結果です。ですから、後ろめたい思いをするのです。貴方は少し怠慢すぎる。」

いつものように説教をしようとすると、小町は急いで言った。

「映姫様、今日は縁日ですよ、お祭りですよ。」

「だから、何ですか。」

「四季様は今日は暇ですか?」

「今日の仕事はもう終わったので。」

小町は急に笑顔になる。
歯を見せて笑う顔が犬に見えた。

「じゃあ、一緒に出店とか回りませんか」

「何故、貴方と...」


「だって俺ら付き合ってるじゃないですかか」


その言葉に思わず自分は口を閉じた。
そう、小町と自分は付き合っている。
所謂、恋人同士だ。

元々上司と部下の関係だが
小町の猛烈なアプローチに自分が折れる形で付き合った。
そう言うと、まるで自分は小町に好意を持っていないように感じるが
実際は好意を持っている。

だが恋人同士なったもの
仕事が忙しく恋人らしいことは未だに何一つしてはいない。
接吻どころか手を繋ぐことすらしていない。
なので、“付き合っている”という感覚が自分には未だに無いのだ。


「デート...しません?」

口を閉じたままの自分に小町は遠慮するように言った。


「......いいですよ。」





*******************

〜中有の道〜

「四季様、見てください!」

小町は透明な袋に入った綺麗な金魚を自分に見せた。
袋の中では四匹の赤い金魚が悠々と泳いでいる。

「凄いですね。」

自分は『ちゃんと面倒を見れるのですか』という言葉を抑えて素直に感想を言った。

小町は誇らしげな顔をする。

「それにしても人が多いですね。」

自分はそう声を張り上げて言いながら周りを見回した。
中有の道は元から毎日が縁日のような場所だが、今日は本当の縁日という事もあり沢山の人で賑わっている。
小町とはすぐ近くにいるのに声を張り上げなければならない程だ。

「じゃあ。」

小町はそう言いながら手をこちらに差し伸べかけて急いで手を引っ込めた。

「やっぱ、男同士じゃおかしいですよね」

笑いなが、でもどこか悲しげに小町は言った。

「そうですね。」

自分がそう言うと小町はシュンとした。



「ですが、人がこんなにも多いので不可抗力いう事にしましょう。」

そう言いながら自分は小町の大きい手をとった。

小町はパアッと花が咲いたように表所を明るくすると手を握り返した。

「そうですね、不可抗力、不可抗力。」

人が多すぎて他人の手元までは見えない。
小町は、かすていらだ!と小さく感嘆すると自分の手を引いて歩き出した。



*******************


「かすていらってこんなに美味しいんですね」

小町はかすていらを頬張りながら言った。
いつもは和菓子しか売ってないので洋菓子はとても珍しい。

自分も小町から貰ったかすていらを口に入れた。
確かに、甘くて美味しい。

「映姫様。」

そう呼ばれ驚いて小町の顔を見た。
小町は焦ってかすていらを落とした。

「あ、いえ、すんません、この場の雰囲気でそう呼んじゃったんですけど、やっぱダメっすよね。」

小町は落としたかすていらを拾いながらそう言った。

「いや、驚いただけですから。それに今は仕事の場ではないですし、呼び捨てでも構いません。」

「じゃあ、えいき!」

「やっぱり、呼び捨てはちょっと...」

「今、いいって言ったじゃないっスか。」

「...恥ずかしいですから」

そう言うと小町は顔を近づけた。

「じゃあ、映姫様」

「何ですか、小町。」

「映姫様。」

「何ですか。」

「えへへ。」

「何なんですか。」

小町は答えずにヘラヘラと笑った。
なんだか、恥ずかしくなって自分は小町の頭をこずいた。


《終》

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