薔薇

□【めーさく】深夜の二人
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十六夜咲夜はソワァーに腰掛けた。

時計の針は真上を指し、窓からは綺麗な月が雲間から覗いている。

一日の仕事を終わらせ、明日の朝食の下ごしらえを終わらせると大体何時もこの時間になる。

咲夜はネクタイを緩めた。

いつもならばシャワーを浴びて寝るのだが
今日は体が動いてくれない。瞼も重い。

今日はメイド妖精がやたらと問題を起こし、そのフォローにとても時間がかかった。
なのでいつもよりも時を多く止めたので、かなりの霊力を消費したようだ。
いや、精神も体力も今日はかなり消費した。

次第に意識が遠ざかっていく。



「咲夜さん。」

急に聞こえた声に咲夜の意識は一瞬で戻った。

顔を上げると紅魔館の門番、紅 美鈴が心配そうな顔をしていた。

「大丈夫ですか。」

咲夜は体を起こした。いつの間にかソワァーで寝ていたようだ。
まだ頭はぼんやりとする。

「ああ、大丈夫だ。」

美鈴はならよかったと言うと咲夜の髪に触れた。

「こんな所では寝ると風邪をひきますよ。シャワーは浴びたんですか?」

「いや、浴びてない。」

汗が背中を流れたのを感じた。
そういえば、シャツが汗で湿っている。

「浴びた方がいいですよ。立てますか?」

美鈴が手を差し伸べた。
その手を無視して咲夜は自力でよろよろと立ち上がった。

「もう、大丈夫だ。」

そう言ったものの美鈴の顔は暗い。

「顔色悪いですよ、無理しないでくだだい。」

美鈴は咲夜の肩を持って支えた。

そう言われると体調が悪い気がする。
確かにシャワーを浴びる元気は無い。

「分かったよ。」

咲夜は腕を美鈴の肩に回し、美鈴に体を預けた。
美鈴に支えてもらい、風呂場まで行こうと足を進めようとした。

その瞬間、足が地面から浮いた。

咲夜は暫く状態が掴めないでいた。
目の前には美鈴の顔。
手は美鈴の肩。
胴は空中。
足は地面から離れ美鈴に持ち上げられている。

ああ、そうだ、これはお姫様抱っこだ。


「じゃあ、風呂に行きましょうか。」

さも当たり前のように歩き出した美鈴に咲夜は焦って降りようとする。
しかし、妖怪だからか門番だからか力が強い美鈴の腕からは逃れられなかった。

「ちょ、下ろせって」

咲夜は美鈴の腕を押し退けようとした。

「うわっ、暴れないでくださいよ、落ちますよ。」

美鈴は降りようとする咲夜の肩を手前に引き寄せる。
二人の顔の位置が縮まる。

「おい、運ぶにしてもこの運び方はないだろ。」

咲夜は怒りと焦りと羞恥が入り交じった表情で美鈴を睨んだ。

美鈴は咲夜の言葉の意味が分からずに首をかしげた。

「え、普通の抱っこがいいんですか?」

「そうじゃない!」

取り敢えず咲夜は早く降りようとしたが
意味を理解していない美鈴は下ろしてはくれない。

「俺は大丈夫ですよ、咲夜さん軽いですし。」

確かに咲夜は力持ちの割りには体は軽い。
しかし、論点はそうではない。

「お前はいいかもしれないが、俺は困る。」

美鈴は咲夜の顔に赤みがさしている事に気付き 、ようやくこのお姫様抱っこという状況が異様だと気付いた。

「ですが、どうせ誰も見てませんよ。」

「あのな、俺がこんなガタイのいい男に抱かれて喜ぶような奴に見えるか。」

「まあ、確かに俺に抱かれるのは嫌かもしれませんが今は咲夜さんは体調悪いですから緊急という事でいいじゃないですか。俺に大人しく抱かれて下さい。」

美鈴はニッコリ微笑む。
咲夜は微妙な表情をした。

「....この体制で抱く抱かれるの話しをすると嫌な風に聞こえるな。」




********************




シャワーの音が響く。
時間帯が深夜ということもあり、いつもより音が大きく聞こえる。

咲夜の疲れた体に温かいシャワーが染みる。
体の汗を流すと一日の疲れが汗と共に流れていくような気がした。

しかし、いつものようにゆっくりとは出来ない。

咲夜がシャワーを止めると隣から声がした。

「あ、石鹸が無くなりかけてますね。」

横目で見るとガタイのいい男が裸で体を洗っている。

「明日俺がついでに買い出しに行きますよ。」

その男がこちらを見て言う。
思わずこっちを見るなと言いたくなる。
なにせ自分も裸なのだから。

先程、お姫様抱っこという哀れな姿で運ばれた上に
「俺もついでに入りますね」と何故か共にシャワーを浴びるという異様な状況になっている。

傍から見ればむさい男二人が裸で狭い個室にいるというこれまた異常な光景だろう。

「分かったから早く洗え。」

美鈴を軽く睨むと咲夜はシャンプーを取った。

「せっかく久しぶりに一緒に入ったんですからもっとゆっくりしましょうよ。」

美鈴は泡でシャボン玉を作って咲夜の方へ飛ばした。

「久しぶりって何年前の話だよ。」

咲夜はそのシャボン玉を払い壊した。

「一、二年前ですかね。」

「十年前だ!!」

美鈴はあれ、そんな昔でしたっけと笑った。
妖怪と人間では時間の感覚が違うというのは分かっている。
だから美鈴とっては咲夜は上司だが年齢は子供同然と思っているのだろう。

「あ、そういえば咲夜さんはもう、一人で頭を洗えるんですか?」

馬鹿にしてるのかと咲夜は小さく呟いた。

「洗えるに決まってるだろ。」

幼い自分と今の自分は同じでは無いのだ。

「じゃあ、もう俺が洗ってあげなくても大丈夫なんですね。」

美鈴は寂しそうに再びシャボン玉を作った。

「お前に洗ってもらってたのか。」

「あれ、忘れたんですか?」

十年前の事だ。昔の記憶なんてもう曖昧な物だ。

「昔は『めいりん、あらってぇ』なんて可愛らしく俺に頼んでたのに。」

「俺が覚えてないからって勝手に記憶を捏造するな。」

「いえいえ、本当の事ですよ」

咲夜はその事を思い出そうとしたが、流石に思い出せなかった。
確かに昔は美鈴に色々手伝ってもらっていたが。



「でも、やっぱり人間って大きくなるのが早いですね。」

シャンプーを洗い流した咲夜に、美鈴は唐突に言った。

「そりゃ、人間だからな。」

そうは言ったもののこの成長の早さが人間だからか、能力のせいかは自分には分らない。
昔から周りは妖怪や妖精ばかりだったから比べる対象がいなかったということもあるからだ。

「だってもう俺と身長も変わらないですし。」

美鈴は咲夜の腕を取ると自分の腕と並べた。
美鈴の方が筋肉質なものの長さはほぼ同じだ。

「昔はちっちゃかったのにな。」

美鈴は懐かしそうに咲夜の肩や胸に触れた。

「おい、あまり触るなよ。」

美鈴の手が太ももに触れようとしたので咲夜はその手を押しのけた。

「昔はちっちゃくて素直で可愛かったんですよ。」

咲夜はムッとした。

「どうせ今は可愛くないんだろ。」

「いや、そんな事はないですよ、今も咲夜さんはとても可愛いですよ。」

美鈴は真っ直ぐ咲夜の目を見てそう言った。

咲夜は思わずたじろいだ。
自分から言ったものの、まさかこの歳で可愛いと言われるとは思ってもいなかった。

「もう思い出話はいいから、あがるぞ。」

咲夜は美鈴から目を逸らして直ぐに風呂場から出た。

体をタオルで拭くときに鏡に映った自分と目が合った。
なぜか顔が赤いのはきっとシャワーの熱のせいだ。




*********************




「ダメですか?」

悲しそうに美鈴は言った。
そのしょげている子供のような姿に思わず優しい言葉をかけたくなったが急いでその考えを振り払った。

「駄目だ。」

ドアを閉めようとしたが扉の隙間に足を入れられドアが閉まらない。

「ダメですか?」

再びうるうるとした目でこちらを見る。
まるで自分が部屋から追い出したような錯覚に陥る。

しかし、この部屋は咲夜の部屋だ。
いくらお姫様抱っこをしたからって
いくら共に風呂にシャワーを浴びたとはいえ
流石に『一緒に寝ましょう』というのには賛成できない。

「裸の付き合いをした仲じゃないですか。」

「あれはお前が無理やり入ってきたんだろうが。」

ゲシゲシとドアの隙間の美鈴の足を咲夜は蹴った。
美鈴は痛いですよとは言うもののあまり痛そうではない。

「俺に抱かれて、裸の付き合いをしたのに...」

「意味深な言い方をするな!!」

咲夜は美鈴の足を強く踏んだ。
美鈴はムッとすると体を廊下に向けた。

「咲夜さんは! 俺に抱かれて!!!」

「わ、分かった、分かったから!!」

咲夜は急いでドアを開けた。
もし他の部屋にいるメイド妖精が聞いてしまうと内容が内容なだけに変な勘違いをされてしまう。

「あ、咲夜さんの匂いがしますね。」

美鈴は直ぐに部屋に入るとベッドに座った。

「どんな臭いだよ。」

咲夜はドアを閉めた。
美鈴はいつの間にか咲夜の枕を抱いている。

「美味しそうな匂いです。」

「...どんな臭いだよ。」

咲夜は怪訝な顔をする。

「あ、いや、性的な意味じゃなくて、食欲的な意味ですから。」

美鈴は焦って弁解する。
しかし、どちらの意味でも恐怖だが。

「昔も咲夜さんは美味しそうでしたよ、あ、もちろん今でも美味しそうですよ。」

「まあ、お前は妖怪だからな。」

そう言ったものの咲夜は美鈴を部屋に入れた事に警戒心が足りなかったと思った。
いくら今では人間を襲わないとしても、妖怪は妖怪だ。

そんな咲夜の雰囲気を感じたのか美鈴は焦った。

「ま、まあ、でも食べたりはしませんけどね。」

美鈴はそう言うと、自分の隣を叩いた。

「じゃあ、寝ましょうか。」

笑顔でいそいそとベッドメイキングをする美鈴。
咲夜は無言でベッドの上の枕を床に置いた

「どうしたんですか?」

「俺はベッド、お前は床で寝ろ。」

そして床の枕を指さす。
枕はせめてもの優しさだ。

「えー、一緒に寝ましょうよ。ベットインしましょうよ。」

「お前はベットインの意味を知って言ってるのか。」

「“布団に入る“って意味でしょう?」

美鈴はちゃっかり布団に潜り込む。
咲夜は布団を奪い取った。

「床で寝ないなら、自分の部屋で寝ろ。」

咲夜はベットの上の美鈴を退かそうとした。

その瞬間視界が揺らいだ。
体のバランスが保てず立てなくなる。


「咲夜さん!」

咲夜は美鈴の上に倒れ込んでしまった。
美鈴は受身をとって咲夜を受け止めた。

「あ、...悪い、美鈴。」

「ほら、もう寝ましょう。」

疲れてるんですからと美鈴は咲夜をベッドに寝かせた。

「ああ、分かったよ、でもお前は」

最後まで言う前に美鈴は咲夜の隣で横になり、咲夜に布団をかぶせた。

何か言いたげな咲夜に、美鈴はニコニコと幸せそうに微笑む。

「...もういい。」

どうせ疲れている咲夜には美鈴を追い返す体力も気力もない。

「やっぱり、咲夜さんはいい匂いだ。」

美鈴は咲夜に体を近づけた。
足が密着した。

「...襲うなよ。」

咲夜は軽く足を蹴った。

「それはどういう意味での襲うですか?」

美鈴は意味ありげに笑った。
そんな美鈴の足を咲夜は再び蹴った。

「...早く寝ろ。」



十六夜咲夜は目を覚ました。
時間は分からないが窓から差し込む日差しが夜ではないことを示している。

時計を見ようと体を起こそうとしたが、体が動かない。

よく見ると自分の体を抱き込むように誰かが寝ていた。
まあ、その人物は紅美鈴しかいないのだが。

咲夜の耳元に美鈴の寝息がかかる。
咲夜は美鈴の手を抓った。
しかし起きる気配は無い。

もう一度抓ろうとした時、耳元で声が聞こえた。

「咲夜さんは...かわいいです...よ...」

その後直ぐに呼吸が規則的に刻まれている事から今のは寝言だと察した。

(起きたら絶対こき使うからな。)

そう思いながら咲夜は美鈴の腕の中で再び眠りに落ちた。

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