百合

□【ゆゆみょん】カカオ25%
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梅の花が咲いた。
気温はまだ寒いが、もう、春が少しずつ近づいている証だろう。

半人半霊の庭師、魂魄妖夢は庭の掃除をしながら梅の花を眺めていた。
冥界の白玉楼にも、春が近づいているのだろう。
妖夢は少し頬を緩ませた。

「妖夢。」

呼ばれて、妖夢が振り向くと
華胥の亡霊、西行寺幽々子がいた。
彼女は白玉楼に住む西行寺家のお嬢様だ。
薄い桜色の髪がふわりと揺れる。

「あら、ちゃんと庭師の仕事をしていると思ったら、そうでもないのかしら。」

妖夢はハッと我に返る。
どうやら長い時間梅を見ていたようだ。

「すみません、あまりにも梅が美しいので見とれていました。」

妖夢は申し訳ないといった表情をして、再び箒で庭を掃いた。
昨日までは雪が降っていたので地面はぬかるんでいる。
おかげで、箒で掃いた跡がうっすらと残る。

「確かに、綺麗な梅ね。でも、今年は少し早い気がするけれど。」

妖夢は手を休めた。

「そうですね、確かに早いですね。」

「でしょう?」

幽々子は目を細めた。
どうやら、話し相手が欲しかったようだ。

この白玉楼には沢山の幽霊がいるが、話ができる幽霊はいない。
白玉楼で会話を楽しめるのは妖夢と幽々子しかいないだろう。
幽々子の友人の八雲紫は冬眠中だ。
だから、冬になると幽々子と妖夢の会話は多くなる。

「妖夢、貴女はまだ庭を掃いているの?掃く落ち葉すら無いでしょうに。」

妖夢は庭を見渡した。
確かに大半の木は枯れ木で、葉の一つも無い。

「確かにそうですね。では幽々子様のお許しが出るのなら、休憩したいのですが。」

「じゃあ、休憩にしましょう。」



*******************


妖夢は箒を用具入れに片付けた。
白玉楼の中に入ると、給仕係りの幽霊がお盆に乗せたお茶を持ってきてくれた。

「ありがとう。」

幽々子様に従えている身にとって、
誰かに世話をされるのは何ともムズ痒いが、悪い気はしない

湯呑に口をつけると、少し冷えていた。
まあ、幽霊が淹れたお茶だから仕方がない。
妖夢は飲み終えると湯呑を持ってきてくれた幽霊のお盆に乗せた。

『お茶を飲むと甘い茶菓子が食べたくなるわね。』

以前、幽々子が言っていた言葉を思い出す。

(後で、茶菓子付きのお茶を幽々子様にだそう。)

妖夢は冷たい廊下を歩きながらそう思った。
白玉楼は冥界に存在するので気温は低い。

「幽々子様、御茶請けには、何をお召し上がりたいですか?」

妖夢は早速、幽々子に聞いた。
妖夢は、「椿餅」、「雪うさぎ」、「黒豆大福」のいずれかが来ると予想した。

「そうねぇ・・・」

首をかしげて、幽々子は迷っている。
その、口ぶりからは『何にするのか』を迷っているのではなく、
『それを頼んでもいいのか』を悩んでいるようだ。

「何でも、言い付けてください。無理難題以外でしたら大抵のものは買ってこられますよ。」

妖夢はなるべく明るい笑顔で言う。
主が自分を気遣っているようで、落ち着かない気持ちになる。
だからといって、『月の桃』等といった物を要望されても困るのだが。

「・・・じゃあ、チョコレヰトがいいわ。」

「チョコレヰトですか?」

御茶請けに洋菓子を頼まれるとは予想外で、妖夢は動揺を隠しきれなかった。

「ええ、チョコレヰトが食べたいの。」

幽々子は笑顔で妖夢を見つめる。
まるで、『できるわよね』と、言われたような気持ちになる。
主人の期待を裏切るわけにはいかない。

「ええ、分かりました。じゃあ、買ってきます。」

「ちょっと待って。」

買い物に行こうと買い物籠を持った瞬間、幽々子に服の袖を引っ張られる。

「買うんじゃないの、作って欲しいの。」

「え?」

幽々子は妖夢の服を引っ張って自分の前に座らせる。
妖夢は仕方なく、籠を置いて座る。

「ただ、チョコレヰトが食べたいわけじゃないの。今日は2月14日で、“ばれんたいん”という行事らしいの。」

“ばれんたいん”?
聞いたことのない西洋らしき言葉に妖夢は躊躇する。

「で、この行事では人々がチョコレヰトを恋心を持っている相手に贈り合う日なのよ。」

「チョコレヰトを、好きな人にですか?」

「そう、妖夢は私のこと好きでしょう?」

「“でしょう?”って、勝手な・・・。」

話が読めてきた。

「じゃあ、嫌いなの?」

「そうじゃないですけど・・・」

「じゃあ、好きなのね。」

「・・・じゃあ、そういうことにします。それより、結局は私の手作りチョコレヰトが食べたいのですね。」

「まあ、話を端折るとそうなるわね。」

妖夢は溜息をついた。そういった西洋の知識をどこで手に入れたのか。

「ちなみに今の話は紫の式神から聞いたわ。」

藍か。何で藍がそんなことを・・・?
まあ、紫様の入れ知恵だろうけれども。

「じゃあ、チョコレヰトの作り方を咲夜にでも聞いてきますね。」

妖夢は再び立ち上がろうとしたところを幽々子に服を掴まれた。

「妖夢。」

「なんですか?」

「ちゃんと、心が入ったチョコレヰトじゃないとダメよ。」

「・・・はいはい。」

幽々子は頬を膨らませる。

「ちゃんと、心が入ったチョコレヰトじゃないと・・・」

「分かりましたって!」

時偶、主の考えが分からないことがある。
まあ、分かることのほうが圧倒的に少ないのだが。

「じゃあ、」

「!?」

幽々子は妖夢に顔を近づける。
妖夢は驚いて後退る。

「何で、避けたの。」

「そりゃ、避けますよ。」

幽々子は呆れたように溜息をついた。

「いってらっしゃいのチューをしようと思ったのに。」

「え?・・・・・・な、な!?」

「だから、いってらっしゃいの・・・」

「そ、そうじゃなくて、何で私に接吻をしようとするんですか!」

妖夢は思わず大声を出す。
声に驚いたのか周りの幽霊たちが動きを止めた。

「あら、私のことが好きなのでしょう?」

「そういった、“好き”じゃないんです!」

「“そういった好き”って何かしら?」

幽々子は袖を口元に当てて、静かに笑う。

「だから、チューとかの好きですよ・・・」

妖夢は困ったようにしどろもどろになる。
幽々子は意地悪く笑う。

「本当に、まだ妖夢は子供ね。」

「そ、そりゃ、幽々子様のように何千年も生きてはいませんから。」

「でも、何十年も生きているでしょう?」

「・・・。」

確かに、人間の博麗霊夢達よりは生きてはいる。
妖怪ほどではないが。

「人間で言うと、もう大人でしょう?半人前ですけど。」

「・・・からかわないでください。」

幽々子は少し不貞腐れた妖夢の手を取る。
妖夢は口を尖らせている。

「でも、私からしたらまだまだ、赤子のようだけれど。」

「何をおっしゃりたいのかが分からないのですが?」

妖夢は自分よりも背の高い幽々子を見上げた。
幽々子はゆっくりと微笑む。

「妖夢のことを愛おしいと思っているということよ。」

「・・・また、からかうし。」

「あら、私は本気よ?」

小鳥のように笑うその姿は、到底本気とは思えない。

「もういいですよ、じゃあ、私はチョコレヰトの作り方を教わりに行きますから。」

「あら、行ってきますのチューは?」

「幽々子様。」

「はいはい。」

妖夢は幽々子に顔を近づける。
幽々子は目を閉じる。


















ピシッ


「痛い・・・。」

幽々子は額を押さえて妖夢を涙目で見る。

「じゃあ、もう行きますから。」

妖夢は籠を手に取る。

「非道いわ、主を傷つけるなんて。」

幽々子は着物の袖を目頭に当てて泣き真似をする。
額には妖夢の指の跡がうっすらとついている。

「キスは付き合って2ヶ月後のデートでと決めているんです。」

妖夢は態と真面目くさった顔をした。

「まあ、ガードがお堅いこと。」

幽々子は驚いたふりをする。
こんな砕け会話ができるのは仲の良い証拠かもしれない。

「もう、本当に行きますから。日も暮れてしまうし。」

「はいはい、じゃあ、2ヶ月後ね。」

「え?」

何の話かわからない妖夢は幽々子を見つめる。

「あら、付き合って2ヶ月後ならキスをしてもいいのよね。」

「・・・・・。」

どうやら自分から墓穴を掘ってしまったらしい。

「丁度、花見の季節になるかしら。」

「まだ、告白されてませんけど。」

「あら、妖夢がチョコレヰトを持って私に告白するんでしょう?」

「・・・・・。」

本当にこの人は何を考えているのかが分からない。
妖夢は何も入っていない籠が何故か重くなった気がした。

「じゃあ、楽しみにしてるわ。」

「じゃあ、告白したら、ちゃんとOKしてくれるんでしょうね?」

「それは貴女次第♪」

「・・・・そんな滅茶苦茶な。」

妖夢は落胆しながらも、チョコレヰトのことを考えていた。
時期的には梅の花を添えてみるのもいいかもしれない。

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