百合

□【ゆかれいむ】紫の妖怪と紅白の人間
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「あら、霊夢。」

境目に潜む妖怪、八雲紫は桜を眺めている霊夢に向かって声をかけた。
時刻はもうすぐ子の刻という時間のため、暗闇の中から声をかけられた彼女は不審そうにあたりを見回した。
そして暗闇の中、ぼんやりと見える白い傘の影を見て、霊夢は眉間にしわを寄せた。

「あら、紫じゃない。」

紫は音一つ立てずに霊夢に近づいた。
そもそも、境界を操る彼女は“スキマ”を使って移動するのだから足音一つするはずがないのだが。

「まあ、まるで幽霊でも見たような顔ね。」

紫は霊夢の顔を覗き込んだ。霊夢は紫の顔を押しのける。

「幽霊より驚いたわよ、こんな時間にしかも急に現れたんだもの。」

紫は持っていた扇子を口元に当てて上品に笑った。
紫は、見た目は10代の少女だが仕草に大人の上品な美しさが現れる。

「ふふ、驚いたのは私も同じですわ。貴女こそ、こんな時間に何をしているのかしら。」

「・・・花見よ。」

紫は桜の木を見る。
暗闇の中に淡い桜の色が浮かび上がっていた。
紫は霊夢を意地悪そうに見つめた。

「こんな時間に?」

霊夢は“何もかもがお見通し”とでも言いたげな紫から目を背けた。

「・・・・・・あんたこそ、なんでこんな時間に?」

「昼間に目が覚めて、花見にでも行こうかと思ったのだけれど、思ったより仕事が溜まっていたのでさっきまで仕事を片付けていたのよ。」

紫は霊夢が座っている縁側に自分も座った。
霊夢は紫の顔を見ずに言った。

「へぇ、そうなの。」

紫は霊夢の横顔を見て笑った。

「何よ。」

「いえ、“貴女に会うために来たのよ”とでも言って欲しかったのかと思って。」

「馬鹿言わないでよ。」

霊夢は冷たく言ったものの、内心驚いていた。
正直、一瞬そう思ったからだ。

紫は動揺している霊夢を見て再び笑った。


風が桜を散らしていく。
幻想的なその風景は俳人がこの場にいたのなら一句読みそうなほど美しかった。


「花見なら、うちの桜より白玉楼の桜の方が綺麗なんじゃないの。」

「そうね。」

「それに、わざわざ夜中に桜を見なくても明日見ればいいじゃない。」

「ふふ、そうね。」

「それに、お酒なら昼間にやった宴会で全部飲んじゃったわよ。」

「あら、そう。」

「それに、夜中は冷えるし・・・・・・」

「“私に会いに来てくれたの?”って言えば答えてあげるわよ。」

「・・・本当に、あんたって意地が悪いわね。」

「本当に、貴女って素直じゃないのね。」

霊夢は紫を睨んだ。
いつもちゃんとした答えは返ってこない。
そういった奴だとは分かっているが、答えが聞きたい時だってある。







紫は急に霊夢の手の上に自分の手を置いた。

「ふふ、でもまさかこんな夜中まで貴女が私を待ってくれているとは思っていなかったわ。」

「え?・・・・・・!?」

霊夢は思わず飛び上がった。

「な、何であんたを、私が、待ってるって、勝手に、、、」

「あら、そんなに動揺しなくてもいいじゃない。」

「動揺してない!!」

紫は顔を真っ赤にしている霊夢を楽しそうに見つめた。
霊夢はバツが悪そうに縁側に座り直した。

「そんなに、私がいなくて寂しかったのかしら。」

「寂しくない。」

「でも、私を見たとき、驚いていたけれど嬉しそうでしたわよ。」

「そんなことない!」

「あら、嬉しくなかったの?」

「・・・・・・そうじゃないけど」

紫は嬉しそうに微笑んだ。
霊夢は照れ隠しか、下を向いた。


遠くで鳥の鳴き声がした。
何の鳥かわからないこの鳴き声は夜雀か、鵺か。
幻想的な夜桜の中で聞いたこの鳴き声が夢か現ははっきりとしない。
霊夢はふと、考えた。
もしかすると、もう夢の中なのかもしれない。
そう思ってしまうほど幻想的な夜だったのだから。


「あら、そういえば、冬眠明けの一杯を飲んでなかったわ。」

紫はそう言うとスキマから焼酎の瓶を出した。

「冬眠明けの目覚めの一杯ってところ?」

「そんなところよ。」

「夜中に飲むものじゃないでしょ。」

「まあ、いいじゃない。」

紫は瓶を縁側に置くと、スキマからおちょこを二つ取り出した。

「一杯、お付き合い頂けるかしら。」
「・・・いいわよ。」


霊夢は微笑んでおちょこを受取った。

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