裏僕小説その3
□九十九×夕月「最愛の果てに辿り着く場所」
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皆が寝静まり、真闇の頂点に月が浮かぶ頃。
夕月はベッドの中で、何度目かの寝返りを打っていた。
どこともなく薄闇が覆う天蓋を眺めていると、昼間の彼の顔が何度も浮かんでは消えていく。
日が暮れた後に館内に戻り、一緒に入浴と夕食を済ませると、ようやく落ち着いて部屋に戻って行ったが、やはり彼のことが気掛かりだった。
「……夕月、起きてる…?」
ふいに響いたノックの音と、つい今まで想っていた彼の声に、夕月は弾かれるように飛び起きた。
電気も点けずに足早に扉に向かうと、パジャマ姿の九十九が枕を抱えて佇んでいた。
「九十九くん…」
なぜかほっとして夕月が名前を呼ぶと、九十九はにっこりと笑いかける。
「えへへ。夜這いにきちゃった」
「夜這い?」
「冗談。眠れないんだ。一緒に寝てくれる?」
九十九が手を差しだすと、夕月はその手を引いて中に招き入れた。
「灯り点けますね」
「うん。このまま寝てもいい?真っ暗だと怖いんだ」
夕月は頷いて、揃ってベッドに横になる。
真夜中独特の静寂と密やかさが、光に満ちた室内の空気を落ち着かせている。
二人は仰向けになって瞼を閉じていたが、眠ってはいなかった。
お互いが起きていると解っていて、ふいに九十九が夕月の手を握り、夕月も同じ強さで握り返す。
「今日はありがとう。夕月がいてくれて、ほんとによかった」
「いいえ、九十九くん、少しは元気になってくれましたか」
他の誰に聞かれることもないのだが、二人だけの秘め事のように、声を潜めて会話をする。
「うん。夕月が一緒に泣いてくれたから」
九十九は今までも、自分と出逢うずっと前から、命を送り出す度にこうして泣いてきたのだろうか。
声なき者と心を通わせることは、日常に彩りを与え心を慰めるが、その分、出逢った者との決別の機会も多くなるということ。
自分よりもはるかに寿命の短い者を見送る。
それはとても辛くて、哀しいのではないか。
「夕月…」
九十九が横向きに寝返りを打ち、夕月の顔を見つめる。
間近にある彼の目尻や瞼は、まだ赤みが残っていた。
「ずっと、九十九くんはこうして泣いていたんですか」
「うん。でも、十瑚ちゃんがいつも慰めてくれた。焔椎真も愁生も、俺が泣いていると、大丈夫だよって言ってくれた。でも、一緒に泣いてくれたのは、夕月が初めてだったんだ」
嬉しかった、と九十九は言って、夕月に身体をすり寄せた。
「俺、すごく怖いんだ。もしも目の前で、大事な人がいなくなったらどうしようって、いつも思う。声を聴くことも、触れることもできない。俺を置いて、遠くに行ってしまうんだ」
九十九の息遣い、不安も全て、受け止めることができた。
寄り添っていると、些細な表情や気持ちの変化も感じ取れる。
「…死ぬのは怖い。怖いよ夕月…」
握られた手が小刻みに震えていた。
九十九は小鳥の死に、いつか必ず訪れる自分の死と、身近な者の死を重ね、恐れている。
大丈夫、絶対に死なないと、夕月は慰められない。
こちら側に来てから厳しい戦いの現実を知り、いつ、明日かもしれない死の恐怖と向き合った。
例え戦いで生き延びても、自分たちの寿命は普通の人間よりも短命だと、理解していたからだ。
命の尊さを、誰よりも理解しているつもりでいる。
だから一時的にでも彼を慰めるだけの、気休めの言葉は紡げない。
「…僕も、死ぬことは怖いです」
一生を独りで生きていくことと、愛する者を残して死ぬのはどちらが辛いかと問われれば、夕月は迷わず後者を選ぶ。
それは大切な人がいて、愛する人と共に生きる喜びを知ってしまったから。
「……ねえ、夕月。俺よりも先に死なないでね。俺、夕月がいなくなったら生きていけないから」
「それは…僕も同じです」
愛する人のいない世界に、生きる意味はない。
自分の感情を吐露することで、少しでも九十九の想いを共有したかった。
生死の想いをぶつけることで、安堵もするが昏い恐怖に憑りつかれていることは変わらない。
「キスしてもいい?」
「はい…」
九十九が身を乗り出して、触れるだけの口づけを交わす。
刹那の内に離れた後、九十九は哀願の響きを持って囁いた。
「もしも俺が先に死んだら…夕月も一緒に死んで」
「はい。九十九くんを独りにはしません」
九十九は夕月に問い掛けるのではなく、ただ同意を求めていた。
夕月は迷わず即答し、最後の時は必ず二人でという約束を交わす。
どちらか一方が残されるのではなく、互いを独りにしない為、例え戦いの最中であったとしても、世界よりも愛を選ぶ。
無責任で我儘な決断だった。
周囲の者も、残された仲間も、命が尽きた瞬間に全てを投げ出してしまう。
それ程までに、二人の絆は強く育ち過ぎていた。
「俺達、死んでも一緒だよ」
「はい」
どちらかともなく、誓いを交わすように口づけた。
交わりは深くなり、握りあっていた九十九の両手が夕月の身体に触れる。
死ではなく、生に意識を戻したくなると、人肌の温もりが恋しくなり、愛しい人と身体を重ねたい。
おのずと自然な欲求が生まれ、気持ちが一致すると、セックスへと移行する。
「大好き、夕月」
「僕もです」