裏僕小説その5

□「祇王夕月の黄昏館日記」
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かくして、斎悧さんの一声により、さっそく稽古が始まりました。





僕達は楽器を弾けないので、愁生くんにピアノの伴奏をお願いしました。



皆が見守る中、焔椎真くんと黒刀くんの歌稽古が始まります。

「まずはくーちゃんからね。ワンフレーズだけ、軽く歌ってみて」

入念な発声練習の後、楽譜とにらめっこする黒刀くん。

ピアノの伴奏に合わせ、黒刀くんが大きく息を吸い込みます。





「〜どお〜してぇぇ〜あなたはぁぁ〜悲しぃぃ瞳でわたしを見つめるぅのぉぉぉ〜〜〜」





「…黒刀。演歌じゃないんだ。こぶしはまわさなくていい」

すごいです黒刀くん。とても可愛いお顔をしてるのに、男らしい美声。

ですが愁生くんに駄目出しをされた黒刀くんは、納得がいかないとリアちゃんにも詰め寄っています。

「なんでだ。歌といえば、N〇Kの歌謡曲だろう。師匠がよく歌っていた」

「確かにじいちゃんは好きで聴いてたけど、演歌調のヒロインじゃ共感出来ないからね」

「僕は流行りの音楽も聴かないから、よく解らない」

「黒刀は後回しだ。じゃあ焔椎真、次はお前が歌ってみろ」

「お、おう…」

少し緊張した様子の焔椎真くんは、楽譜を握り締め…。





「〜〜俺はー!おまえとー!しあわせにー!なれないー!だってー!俺は吸血…!」





「ストップストップ」

歌う、というより叫び出した焔椎真くんは、愁生くんに止められます。

「焔椎真、ロックじゃないんだ。叫べばいいってものじゃない。音程がまるで合ってないじゃないか」

「だってよお、俺カラオケとか行かねえからよくわかんねえ」

「カラオケと一緒にするな」

お二人の歌唱を聴いていた斎悧さんとリアちゃんは、揃って頭を抱えます。

「駄目だなこいつら。歌唱は後回しだ。演技指導にいくぞ」





お二人の指導を早々に諦め…気を取り直して、斎悧さんによる芝居稽古が始まりました。



読み合わせなどもあるので、綾さんにもお手伝いをお願いします。

「まあ、私などでお役に立てるのでしょうか」

「綾ちゃんは発音も綺麗だし、滑舌もいいから、こいつらのお手本になってやって」

「いいか、まず俺が手本の演技を見せる。演じた通りに続けてみろ」

斎悧さんは優雅な仕草で綾さんの手を取り、悲し気に瞳を見つめます。

「―あなたを愛してしまったから、俺はもうあなたの傍にいられない」

「…うわあ、すごいです斎悧さん」

綾さんも見惚れて台詞を忘れるほど、皆が斎悧さんのお芝居に感嘆していました。

「ほら、やってみろ。主人公の気持ちになれよ」

指名された焔椎真くんは、黒刀くんの手を(ものすごく嫌そうに)取り、台本を見つめます。

「あ、ああなたをアイ、愛してしま…しまったから…」

「…焔椎真。幼稚園のお遊戯会じゃねえんだよ。直立で棒読みはやめろ」

言い慣れない言葉に我慢の限界が来てしまった焔椎真くんは、台本を床に投げつけてしまいます。

「やってやれるかーー!練習なんかやめだ!」

「はあ…。この分じゃ、ダンスも壊滅的だな。いくらクジ引きとはいえ、采配の神も人選を間違えている」

たしかに、配役が決まった時は、クラスメイトの皆さんは大ブーイングでしたが、せっかく皆で作り上げるミュージカルです。

このままでは斎悧さんも匙を投げてしまいそうな雰囲気に、僕はなんとか気持ちを前向きにしてもらおうと斎悧さんを宥めます。

「だ、大丈夫ですよ!焔椎真くんも黒刀くんも、運動神経がすごく良いですから、少し練習すればダンスもきっと上達します」

「あ、そうだルカ!ちょっと歌ってみせてよ」

リアちゃんの一言に、全員が一斉に驚いて、ルカの方を振り返りました。

壁にもたれて皆を眺めていたルカは、案の定、リアちゃんの提案を一蹴します。

「あっはっはっ!ルカくんが歌うところなんて想像つかないネ〜」

お腹を抱えて笑う橘さんと、有り得ないと苦笑する皆。

ルカはそれを馬鹿にされたと取ったのか、皆を睨み付けます。

「リア、ルカが協力するわけないじゃない」

「えー、いいじゃない少しくらい。ねっ、ゆっきーも聴いてみたいよね?」

突然同意を求められたことに戸惑いながら、僕はルカの顔色を窺いました。

「えっと…ルカが嫌だって言うなら無理強いは出来ないけれど、ちょっとだけ、聴いてみたいかな…って」

「…ユキ…」

ルカは少し考え込んで、橘さんの持っていた楽譜を取り上げました。

「ええっ、ルカくんまさか!?」

「ユキが聴きたいというから…少しだけだ」

「…マジかよ…」

皆は一様に驚いた表情で、ピアノの前に立つルカを見つめています。

もちろん僕も驚いて、皆と一緒にルカを見守りました。



そして…。

伴奏が始まり、僕達は更に驚愕します。





「えええーっ!!ルカ、上手っっ!!」





ルカのまさかの美声に驚いたその後、途中から参加してくださった彌涼先生の華麗なタップダンスに驚いたり、今日は皆さんの色々な一面を垣間見ることができました。

皆と迎える学園祭が、今から待ち遠しいです。

これから稽古はもっと厳しくなりますが、来てくださる方々に最高のミュージカルをお届け出来るよう、もっともっと頑張りたいと思います。

泉摩利学園に転入して、本当に良かったです。

明日はどんなことが待っているのでしょう。

明日を迎えられることに感謝して、今日を終わりたいと思います。
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