裏僕小説その4
□焔椎真×九十九「秘め事」
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九十九と真正面から向き合える勇気はなく、譲歩を願って彼には後ろを向いてもらった。
「じゃ、じゃあ…触るぞ」
二人の間に奇妙な空気が流れる。
何故自分が緊張しなければならないのかと思いつつ、焔椎真は九十九のパジャマの中に手を入れて、下着から彼のそれを取り出した。
人肌よりも温かく、ぬめりを帯びたそれは、自分もよく知っているにも関わらず、手の平に不思議な感触を伝えた。
自分がいつも処理しているようにすればいいのだが、そこは他人のもの。
彼の性的興奮がどこなのかは知らないし、果たして聞いていいものなのか。
手の止まった焔椎真に、九十九は自分の手を重ねる。
「焔椎真のいいようにして」
「…嫌だったら言えよ」
緩やかに形を変え、硬度を増したそれは、確かにしばらく抜いていなかったようで、まるでそれ自体が生き物のように血流が流れているのを感じる。
「お前さ…今までも、こうして誰かにしてもらってたのか」
「……いつもじゃないけど。俺さ、いけないことだって分かってるけど、あの人を想像しないと…イけないんだ」
卵の割れない程度に握ると、銀色の髪が静かに揺れ、切なげに吐息を吐いた。
手の平全体を使って幹を擦れば、九十九の手がシーツを掴む。
「別に、気持ち分かるし。好きなヤツを想ってヌくならしょうがねえだろ」
彼を責める気にはなれない。
想像だけで相手を犯すのは罪深いことだと思うが、代替品でも抜けない時はどうしようもない。
「んっ…やっぱり触れてもらうのは気持ちいいね」
九十九自身から溢れた体液が、焔椎真の手をしっとりと濡らす。
指を遣って裏筋から亀頭を撫でれば、九十九はぶるりと下肢を震わせた。
「あぁっ―」
「おまっ…女みたいな声出すなよ」
日常を共に過ごす付き合い慣れた友人が、熱のこもった声を上げる。
図らずも違う側面を覗いてしまった焔椎真は、照れを隠すようにぶっきらぼうな態度を取った。
「だって感じてるから。焔椎真、優しいね」
「うるせー。黙ってろ」
自分を扱うのと違って勝手が分からず、加減を加えながら擦ると、摩擦でくちゅくちゅと水音が鳴る。
坦々と続けているうちに、なにか淫らで、妖しい興奮が湧き上がるのを感じた焔椎真は、知らずうちにごくりと生唾を飲んでいた。
「っ…俺、もうイキそうっ」
「あっ、ちょっと待て。ティッシュを…」
一旦手を止めて腕を伸ばし、枕元にあるであろうティッシュを探ろうとすると、九十九が焔椎真の腕を掴んだ。
「このままイカせて。シーツ汚しちゃったら俺が洗うから」
妙に艶やかな九十九の声に留められるようにして、焔椎真は彼を扱う手を速めた。
九十九の熱に煽られるように、自然と焔椎真の息も上がっていく。
「あっ、もう出る、俺…」
焔椎真の手に重なっていた九十九の手に力がこもり、焔椎真の手の平いっぱいに精液が吐き出された。
片手だけでは受け止められず、指の間から零れた液がシーツに流れる。
「うん…気持ち良かった。ごめんね、シーツ汚しちゃって」
「気にすんな。すっきりしたか」
自慰の手助けという初めての経験をした焔椎真は、自分でもどこか不思議な概観に浸りながらティッシュで精液を拭う。
他人の放った生々しい熱の匂いが辺りに満ちていた。
「これで寝れんだろ。自分の部屋に戻れよ」
「…焔椎真。このまま続きしない?」
くいっと服の裾が引かれ、焔椎真は彼の方を振り向いた。
「はっ…?続きって」
「俺とセックスしよ」
「…はあっ!?」
あまりに自然な調子の彼に、焔椎真は文字通り跳び上がる。
「お前、冗談でもそんなこと言うな!」
「俺、焔椎真に抱かれたくなっちゃった。もちろん逆でもいいけど」
「逆って…出来るかそんなこと!」
自分は相当相手に対して不器用な方だと自覚していたが、今の九十九と話していると自分が常識人のように思えてくる。
「どうして。愁生とは子作りまでしたのに」
「大昔の話だろ!あれは愁生であって愁生じゃねえ。俺であって俺じゃないの!」
どうして駄目なのと首を傾げる九十九に、焔椎真はやはり頭を抱えた。
子供のように純粋な一面もある彼に、果たして焔椎真は世間一般の性教育を教えられるのか。
「パートナーがいなくて淋しいから抱いて欲しいってか。自分の身体は大事にしろよ」
「別に淋しいからじゃないよ。俺、焔椎真のこと好きになったから」
「好きって…。お前の好きは一括りなのか。だったら、夕月や他のヤツも好きだからセックスしてもいいのかよ」
横一直線に人を愛する彼は、身体を重ねる人に抱く愛情と区別が出来ているのか。
前世までは男女の営みしか経験してこなかった彼らにとっては、少なくとも焔椎真には理解し難いものがあった。
九十九は説得し兼ねている焔椎真の胸に両手を当て、縋るように服を掴む。
「今夜一度だけ。明日になったら元通り、いつもと変わらない関係に戻るから。…お願い」
焔椎真は九十九の手首を掴み、俯く彼の頭に手を乗せてからそっと引き離した。
「お前、なに怖がってんだよ」
「だって不安だから」
九十九の感じる不安とは、姉がいないことへの気持ちの面だけではなく、人間が感じる孤独や、繋がることの欲求も含まれている。
自分たち戒めの手は、殊更そういった感情が他者よりも強い。
だからといって、刹那的な行為は許されるのか。
「焔椎真だけだよ。焔椎真だけ。男同士なら子供も作れないけど、触れ合うのに区別はいらないでしょ」
もしも今日、自分が相手をしていなかったのなら、例えば夕月の所に行っていたなら、九十九は同じように繋がりを求めたのだろうか。
彼の危うい心が、自分に向けられていたのは幸いだったのかもしれない。
「横になれ。…言っとくけど、俺が挿れる方だからな」
「うん」