裏僕小説その4

□夕月×エレジー(女)「幻想」
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入浴を済ませ、自室の扉を開けると、むせ返る様な甘ったるい香りが室内を満たしていた。

香水では無い、しかしどこかで似た様な香りを嗅いだことがある気がして、夕月は芳香の出元を探ろうと辺りを見渡した。

「こんばんは、神の光。いい夜ね」

「…あなたは…?」

夜の帳に紛れて、一体の上級悪魔が悠然と佇んでいた。

ひどく美しい姿をしたこの女性が、ルカの言っていた『エレジー』なのだと理解し、夕月は怯えた様に後ずさる。

「怖がらないで。今日は戦いに来たんじゃないのよ。こんな美しい夜に、血生臭いコトは似合わないわ」

大きく縁取られた窓からは、作り物の様な満月が煌々と照らされて浮かんでいる。

エレジーは足音も無く夕月に近付き、気付いた時には、肌と肌が触れあう距離まで接近していた。

「初めてお目に掛かるわね。噂通り、可愛い顔をしているわ。私、ずっとあなたに逢いたかったのよ」

エレジーが近付くにつれて、上等な華々の様な香りは一段と濃さを増していった。

鼻腔から入り込み、肺の奥深くまで浸透するその香りは、自分の知らない何かを湧き立たせる。

「あなたをお誘いに来たのよ。今夜ばかりは戦いのことも、日常の辛い出来事も忘れて、素敵な体験をしてみない?あなたを、誰も知らない世界へ連れて行ってあげるわ」

高い位置にある腰が、夕月の下腹部に当てられていた。

ふくよかな胸の膨らみが、上体をくねらせる度に押し付けられる。

「僕っ…」

視線の先に、大きく開かれた軍服の胸元から、白磁の肌と、ふっくらと盛り上がった谷間が覗いていた。

目のやり場に困りながらも、拒否の言葉を紡ごうとした瞬間、手袋を嵌めた指先が唇に当てられる。

「何も言わなくていいの。今はあなたの敵じゃない。ねえ、二人きりで、気持ちイイことしましょう?」

人差し指が輪郭をなぞり、甘美な囁きを放つ唇が近付き…夕月がぎゅっと目を瞑った刹那、美女の吐息が合わさった。

エレジーの指は頬に添い、造作に添って首筋に下りる。

女が放つ芳香は一層強くなり、呼吸をするごとに脳が麻痺していく感覚に苛まれた。

柔らかな唇を食み、輪郭を舌先でなぞっても、固まったまま微動だにしない夕月の反応に眸を細め、躰の横に下げていた夕月の右手を取り、自分の頬に持っていく。

唇を離し、頬に添えた夕月の手を包み込み、長い睫毛が伏せられた。

「私の手、冷たいでしょう。でも、躰はすごく熱いのよ。あなたを求めているの」

今度は夕月の右手を自らの髪に触れさせる。

恐る恐る絡ませたプラチナブロンドは、上質な絹の手触りで、丁寧に巻かれた毛先までを、エレジーの指と絡ませながらすべる。


あと少しで、この無垢な人間は堕ちる。


確実な籠落に追い込むため、エレジーは夕月の右手を胸元に添えたまま、深い口付けを仕掛けにいった。

合わさった唇の割れ目に舌先が滑り込み、奥で縮こまった夕月のそれと絡ませる。

「…ふっ…ぅ…」

肉厚の表面がざらりと擦れ合うと、夕月の躰が微かに跳ねて鼻から吐息が洩れる。

頬裏を舐め、歯列をなぞると、エレジーは唇を離し、見せつける様に紅い舌で舌なめずりをした。

「今度はあなたから。舌を出して…そう、私の中に」

夕月の左手は自らの首に廻させ、口付けの巧技を教えていく。

女の指示する通り、舌を絡めて唾液を啜り、唇の裏にも舌を這わせる。

たどたどしい仕草は、逆にエレジーの欲を起こさせた。

充分に蕩けさせた後、女の眸が夕月を捕らえる。

高貴な猫の様に、しかし狩りをする獲物の獣欲を悟られぬよう、柳眉を下げた妖美な眼差しで男を喰らう。

「きて。あなたが欲しいわ」

僅かに手首を引いてやれば、同時にベッドに倒れ込む。

上に乗る夕月の、どこか戸惑った様な表情の中に、女が喚起させた雄の色が確かに宿っているのを見極め、エレジーは勝利の微笑を浮かべた。

「嬉しいわ、あなたに抱かれるなんて。…好きにしていいのよ」

腕を伸ばし、不慣れな男の為に衣服を脱がせ、自らも纏った軍服を肌蹴させる。

そうして現れた女の絶佳の裸体に、夕月の喉が生々しく上下した。

「触れて。私の躰は全てあなたのもの。心も躰も…今夜は全て捧げるわ」

しなやかな両腕を項に巻き付け、手前へ引いてやれば、夕月の顔は自然と女の首筋に埋まる。

自分を戒めていた糸が切れたかの様に、夕月の動きが大胆になり始めた。

「…っ、いいわ。もっと強く吸って。証が欲しいの」
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